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〈病〉のスペクタクル―生権力の政治学 [著]美馬達哉

[掲載]2007年7月1日

  • [評者]香山リカ(精神科医、帝塚山学院大学教授)

■健康ブームにわく社会に“挑戦状”

 先ごろ発表された07年版「障害者白書」によると、精神障害を持つ人の数ははじめて300万人を超えたそうである。とくに、いわゆる躁鬱(そううつ)病などの「気分障害」の増加が目立っている。こういった報道を目にすると、私たちはすぐに「現代はストレス社会だ」「政府は真剣に心の健康問題に取り組め」などと口にする。そして、評者のような精神科医は、この種の恐ろしい病を治療できる「心の専門家」などと呼ばれる。

 しかし、本書を読むと、こういった言説の背景には実にさまざまな意図や決めつけがうごめいていることがよくわかる。それは、健康はなくてはならないもので、少しでも健康でない状態は病気という悪であり、そしてその病気は医療の進歩や社会の努力で完全に治療や予防ができるはずだ、といった一連の発想だ。また、健康を個人の正しい選択の結果と考える人たちは、「心の病は、ストレス解消の義務を怠った者の自己責任」だと主張するかもしれない。

 医学を学び、現在は現場からは少し離れたところにいる著者は、新型肺炎SARS、鳥インフルエンザ、エイズ、がん、ストレスなどの現代人にとっての最大の恐怖をひとつひとつ取り上げながら、その背後に働く政治的な力を丹念にあぶり出していく。たとえば「ストレス」をめぐっては、現代の「勝ち組」に典型的な前向きで合理的な考え方の持ち主が「ストレスに強い人」とされる評価尺度がある一方で、そういう人は「タイプA性格」なのでストレスが多い、とする説もある。この背景にあるのは、「人はストレスから身を守るために勝ち組を目指すべきだが、それが実現した暁には医療的ストレスケアをどうぞ」という複雑な政治学なのだ。

 本書は、「病とは、自然科学的事実ではなく、特定の社会的文脈のもとで構築されたスペクタクルだ」とまで言い切る著者が、健康ブームにわく社会に突きつけてきた“挑戦状”だ。現代を生きる私たちには、「健康の増進に努める義務」と同時にこの著者の問いかけに答える義務もあるのではないだろうか。

    ◇

みま・たつや 66年生まれ。京大医学研究科助手。臨床脳生理学、医療社会学など。

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