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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]酒井啓子> 記事 書評 父のトランク [著]オルハン・パムク[掲載]2007年07月01日 ■「元の自分の何かを失う」心の痛み 昨年トルコ人として初めてノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクの、受賞講演を含む講演、対談録。 受賞数カ月前に邦訳が出版された代表作『雪』が、イスラーム主義の台頭やトルコ建国以来の欧化主義など、現代トルコの政治問題を扱ったものだったので、パムクには政治小説家のイメージがあるかもしれない。だが彼の魅力は、その文章の静謐(せいひつ)感、人と人との緊張感を淡々と描く語り口にあることが、本作で改めてわかる。訳も美しい。 表題ともなった受賞講演は、タイトルの印象からか、向田邦子が『父の詫(わ)び状』で描いた家族の風景が思い浮かぶ。作家として成功した息子に、自分の書いたものを詰めたトランクを控えめに差し出す父と、その中身を見ることを恐れる息子。 彼が恐れるのは、そのなかから父でない別の存在が現れてくるのではないか、と思うからだ。作家になったパムクは、ものを書くとき、いかに日常生活や社交や温かい家族の団欒(だんらん)から切り離されるかを知っている。だが息子としての彼は、父が孤独を感じていたと思いたくない、家庭人としての父でいて欲しい、との気持ちが交錯する。濃密ではないが、家族、故郷イスタンブール、トルコの社会と伝統への愛が、文章の端々にひっそり現れていて、胸を打つ。 『雪』が描いた政治の世界が、彼の作品のなかでは例外的だとはいえ、本作でも西欧との関係への問題意識は、鋭く指摘される。パムクの作品のなかにしばしば浮かびあがる、自分のいる世界が「中心ではない」という感覚は、西欧にとって最も近い「他者」であるトルコ出身ならではの感覚だろう。「西」と「東」の問題は、「貧しい東の国々が、西欧やアメリカが言ったこと全(すべ)てに頭を下げるという意味になる」という指摘は、『雪』のなかでも登場人物の一人に語らせていることだ。 「西」と「東」の文明のどちらがいいかではなく、新しいものを受容したときに「元の自分の何かを失う」、それを心の痛むこととして描き続けているのが、パムクの変わらぬ魅力だろう。 ◇ 『My Father’s Suitcase』和久井路子訳/ Orhan Pamuk 52年生まれ。既訳書に『わたしの名は紅(あか)』『雪』。
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