[掲載]2007年7月8日
■戦時動員される民衆の姿を描く
本書が描く日中戦争で抗戦する中国の姿は、衝撃的なものだ。これまでの説では、日本の侵略によって中国民衆の中に民族主義的な自覚が生じ、中国共産党や国民党は、盛り上がるナショナリズムに依拠して抗日戦に勝利したというものだった。しかし本書で描かれたのは、ナショナリズムの熱狂には無縁のまま、むりやり戦時動員される中国の民衆像なのである。日中戦争期には中国の国民国家は形成途上で、いまだ国民国家に包摂されない民衆が数多く存在していたのである。
本書の舞台は、国民政府の臨時首都重慶がある四川省だ。国民政府は、お膝元(ひざもと)の四川省から多くの兵士を徴兵し膨大な食糧を徴発した。だが中国では、それまで徴兵制が施行されておらず、食糧徴発の割り当ての基礎となる土地台帳もしっかりしていなかった。もともと国家との一体感の乏しい地域社会に対し、強引に徴兵や徴発がおこなわれるのだから、それは極めて暴力的な形を取ることになる。
そこでは徴兵逃れが頻発する。そのため徴兵は、逃亡しないように寝込みを襲って兵営に連行する拉致同然の行為となる。反対に搬送される食糧が、数多くの飢民の群れに襲撃されて強奪されたりもする。徴兵と徴発を担当する末端行政官は、地元有力者を優遇する不正をおこない、徴発の割り当てをめぐって地域間の利害対立も表面化する。
中国近現代史研究者である著者たちが用いたのは、台湾の国民政府や四川省の行政文書の中にあった、地域の民衆からの訴状や陳情書などである。それは下積みの者に負担が転嫁される、矛盾だらけの戦時動員の実態を告発するものだった。そして戦時下で大地主や有力者が甘い汁を吸うことへの反発が、共産党への支持を高めたという。
抗日戦争は中国にとって、不可避な防衛戦争だった。しかしここには、国家の戦時動員政策にさらされた、底辺の弱者から見える世界の姿がある。それは過去の中国にとどまらず時代と地域を越えて、今日の世界の紛争地域にも共通する、戦争する国家の問題を示しているといえよう。
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ささがわ・ゆうじ 埼玉大教授。おくむら・さとし 首都大学東京教授。
著者:笹川 裕史・奥村 哲
出版社:岩波書店 価格:¥ 2,835
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