[掲載]2007年7月8日
■36年前の創刊号、熱い息づかい今も
ひさしぶりに面白い雑誌に出会った。各号の目次を見ているだけでワクワクしてくる。『なぜ大新聞は週刊誌を目の敵にするのか』『アマ・スポーツは新聞が堕落させた?』『NHKが民放なみに視聴率を気にする理由』『なぜ日本では犯人射殺が少ないか』『一カ月で三倍になる絵画ブームのカラクリ』……いまどきの新書も交じっているんじゃないかと錯覚してしまいそうなイキのいいタイトルの記事は、じつはすべて30年以上前の月刊誌『噂(うわさ)』に掲載されたものである。
当代随一の流行作家だった梶山季之(かじやまとしゆき)が私財を投じて『噂』を創刊したのは、1971年のこと。本書『梶山季之と月刊「噂」』は、題名どおり、創刊の経緯から経営・編集の舞台裏、1974年の休刊までを、夫人や当時の編集長らがまとめた一冊である。後半には創刊号がまるごと再録され、また掲載広告の一覧表もつくられるなど、書誌的にも貴重な労作だが、それ以上に、関係者の証言から浮かび上がる梶山季之の創刊に向けての情熱や雑誌そのものの持つ熱に圧倒される。書評者の立場を離れて告白すると、再録された創刊号を、僕は最近のどの雑誌よりも夢中になって読んだ(特に「文壇葬儀係」の異名を持つ編集者と梶山との対談は絶品)。記事の内容はもとより、座談会や対談を多用した誌面や作家の生原稿を掲げた表紙(創刊号は柴田錬三郎)からほとばしる「声」や「息づかい」にすっかり魅せられたのだ。
梶山は『噂』の経営のために原稿のさらなる量産を強いられ、休刊間もない1975年に急逝した。金銭的にも肉体的にも、あるいは精神的にも負担の大きかった『噂』がなければ、梶山はライフワークの『積乱雲』を完成していたかもしれず、のちの文学的評価も違っていたかもしれない。だが、流行作家を「流行(はや)りの作家」ではなく「流れ行く作家」と読み替えたとき、小説誌や週刊誌と共に疾走した梶山の凄(すご)みは、『噂』の存在によっていっそうの輝きを放つはずだ。雑誌もひとの「噂」も、常にとどまることなく流れ行くものなのだから。
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執筆、編集は、フリーライターの高橋呉郎、ノンフィクション作家の橋本健午ら。
出版社:松籟社 価格:¥ 2,415
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