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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]小林良彰> 記事 書評 選挙違反の歴史―ウラからみた日本の一〇〇年 [著]季武嘉也[掲載]2007年07月08日 ■近代化の陰のカネと集票の実態 「国民が自らの手で決定していく」民主主義政治は、良心に基づく個人の清き一票の堆積(たいせき)によって維持される。 それにもかかわらず本書によれば、近代以降、少なからぬ日本人が選挙時の買収に手を染めてきた。当時の新聞によれば、大正4年の第12回総選挙では候補者1人で買収費も含み、2800万円(現在の貨幣価値換算、以下同様)の選挙費用がかかり、その後も第16回総選挙で7100万円、第18回総選挙では何と1億3000万円もかかっている。 このため、候補者個人の力だけでは出馬が困難になり、政党が公認料を出したり、党幹部がポケットマネーを配ったことが、派閥形成に繋(つな)がっていったと著者は指摘する。 買収や供応の仕組みとして、地方のムラでは、県議をボスとする町村長や町村議ら地方名望家を中心に票のとりまとめが行われたが、元々、投票したくない候補者からではなく、支持する、または支持しても構わないと思う候補者から買収されることが多かったという。一方、都市のマチでは、元地方議員や町会長など何百票〜何千票をもつ中ボスや、その下にいる家主やアパートの管理人など20〜100票をもつ地域の小ボスが票のとりまとめを行った。 こうした選挙違反に対して、演説や文書で大衆に訴える理想選挙を唱える者もいたが、それでも選挙費用として1600万円くらい(第12回)かかったという。 このため、選挙の公営化や選挙運動の制限が徐々に進んだが、そのために選挙に対する関心が薄れるという問題も起きるようになってくる。 本書は、選挙違反というキーワードを通じて、明治以降、日本が近代化されていく過程で、人の心の中までが一気に近代化されたわけではないことを示している。 著者によれば、選挙をめぐる現在の最も重要な課題は投票率の低下であり、政策面で民意をくみ取る政党・候補者の努力と、候補者がより自由に有権者に接近できる選挙の自由化が求められるという。参院選公示を前に、あらためて選挙とは何かを考える上で、一読しては如何(いかが)だろうか。 ◇ すえたけ・よしや 54年生まれ。創価大教授。共編『近現代日本人物史料情報辞典』ほか。
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