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書評

謎とき徳川慶喜―なぜ大坂城を脱出したのか [著]河合重子

[掲載]2007年07月08日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■それでも許される最後の将軍

 政治家はよく「歴史の判断を仰ぐ」という。後世から毀誉褒貶(きよほうへん)を受けるのは、歴史に名を残すほどの人間の宿命だ。やはり何といっても歴史を読む楽しみは、ああだこうだの人物評論に止(とど)めをさす。

 この一冊はみずから「慶喜贔屓(びいき)」と名乗り、「ずっと慶喜のことをしらべ、彼ひとりを見まもりつづけてきた」慶喜ウオッチャーの筆になる評伝である。

 徳川家最後の孤独な将軍を世の論告から守るべく、筆鋒(ひっぽう)の薙刀(なぎなた)を揮(ふる)う面持ちがあり、なまなかの反論を寄せ付けない気魄(きはく)が漂う。

 歴史法廷での審判は、旧幕臣による晩年の慶喜へのインタビュー『昔夢会筆記(せきむかいひっき)』の発言を証拠採用し、すべて好意的に解釈して、《疑わしきは慶喜の利益に》という手続きで進む感がなくもない。

 大政奉還・王政復古・鳥羽伏見の戦いと来て、大坂城からの悪名高い《敵前逃亡》についてだけは、「さすがの慶喜贔屓にも言葉がみつからない」と論評せざるを得ない。評伝のいちばんつらい所である。

 それでも許してもらえるのだから慶喜は幸せ者だ。江戸に逃げ帰った慶喜が朝敵にされた不運を「立て板に水」で弁明するのを聞いて助けてやる気になった皇女和宮の境地だろうか。

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