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書評

ジャン=ジャックの自意識の場合 [著]樺山三英

[掲載]2007年07月15日
[評者]巽孝之(慶應大学教授・アメリカ文学)

■甦ったルソーのとんでもない実験

 華麗な文章力をもつ新人が現れた。

 時は1968年5月、かの18世紀フランス啓蒙(けいもう)主義を代表する思想家ジャン=ジャック・ルソーの魂に乗り移られた日本人青年医師が、とある島に「海辺の王国」の名で親しまれる孤児院を建設し、多くの少年少女の「パパ」におさまり、かつてルソーが『エミール』で夢見た、自然における理想の児童教育を行い、「世界の救世主」を創(つく)り出す実験に取りかかる。

 ところがその実験の内実たるや、人間の尊厳を粉みじんにしかねない脳手術を施す、マッドサイエンティストの所業であり、やがて「パパ」自身も、少女アンジュによって男根を噛(か)みちぎられる悲劇に見舞われる。かくして、人類の知性と生殖とを一気に脅かす恐怖が、物語を覆う。そして「パパ」を「先生」と呼ぶ天使たちが対話し、ヴードゥー教のゾンビたちがアメリカ史を語り直す……。

 とはいえ、本書が描くのは、ひとつの危険思想の実験場にとどまらず、むしろ人類史的に何度か勃発(ぼっぱつ)してきた革命と進化の、最もわかりやすい戯画といってよい。

 フランス思想を専攻した作家自身が取り憑(つ)かれているのは、ルソーの生きた18世紀のフランス革命と、画期的なルソー読解で知られるフランス・ポスト構造主義の思想家ジャック・デリダの体験した五月革命。それらの時間を飛び越えるため欧米文学史から自由自在に引用されるのは、デフォーやポー、カフカから、サリンジャーへ至る系譜。やがて、このあまりにも流麗なる文章に導かれてクライマックスへ至ると、現代に甦(よみがえ)ったルソーの子供たちが、ルソー自身を生み直し、あろうことか、ひいては世界全体を造り替えてしまう。

 本書では、ルソーも少年少女たちも近代的個人の限界をやすやすと超え、多くの身体に乗り移っては乗り捨て、多様な時空間を放浪してはそこここに遍在していく、あまりにもしたたかな魂だ。最も根源的な思考実験の小説(スペキュラティヴフィクション)こそがSFの名に値するとしたら、本書はまぎれもなくその最新の収穫である。

    ◇

 かばやま・みつひで 77年生まれ。本作で第8回日本SF新人賞を受賞しデビュー。

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