[掲載]2007年7月15日
■世俗と信仰一体、近代の構造浮き彫り
「あなたの宗教は?」と改めて問われると「持っていません」と答える日本人の中にも、暦の「大安」「仏滅」などを気にしつつ三々九度の杯で結婚し、お盆にはお坊さんを呼んで読経してもらい、定年後には観光を兼ねてお遍路へ、という人は少なくない。さらに最近は、前世や守護霊といったいわゆるスピリチュアルものがブームになっている。「神」への明確な信仰は自覚していなくても、宗教が生活習慣やお作法として根付いている日本で暮らす人たちには、本書の著者の言葉を借りれば案外、「宗教っ気」が多いのかもしれない。
では、他の国々はどうなっているのか。本書の前半は、自らも「無宗教」という著者による世界宗教ツアー。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などが、それらが生まれた時代背景や地域の状況を含めた広い視野から、ごくわかりやすい言葉で語られる。たとえば、私たちはよく「イスラム社会のことは理解できない」などと口にするが、政教も公私も区別されずすべてをイスラム教という秤(はかり)で量るイスラム共同体からすれば、西洋型の近代システムこそ奇妙、などの卓見に満ちた指摘が随所に見られる。
後半は、より総括的な宗教論。著者は、生活習慣化した「制度的宗教」と超越的な存在を信仰する「宗教的次元」が一緒くたになっているのが現在の宗教であり、それがまた宗教に対する理解を困難にしている、という。さらに、一見、超越的な宗教さえ国家の成立や国民の管理といった世俗的、政治的なゲームの上に成立している近代社会の構造が浮き彫りにされる。
では、世俗と混然一体となり、政治に利用される宗教はもはや必要ではないのか? その問いに著者は、すべてが利害や効率で決まる現代だからこそ、超越的次元で考えるための「リベラルな宗教」が必要では、と答える。評者もその次元の導入には賛成だが、しかしそれでもなお残る疑問は、「神はどこへ行った?」。その答えが、生物学者ドーキンスの近著『神は妄想である』(早川書房)だとしたら、あまりにも寂しい。
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なかむら・けいし 58年生まれ。編集者・翻訳家。訳書に『世俗の形成』など。
著者:中村 圭志
出版社:みすず書房 価格:¥ 2,625
著者:リチャード・ドーキンス
出版社:早川書房 価格:¥ 2,625
著者:タラル アサド
出版社:みすず書房 価格:¥ 6,510