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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]斎藤美奈子> 記事 書評 いい子は家で [著]青木淳悟[掲載]2007年07月22日 ■変身もあり、ヘンテコな家族の日常 一昨年、初の小説集『四十日と四十夜のメルヘン』(新潮社)で「すげえ新人が登場した!」と読書界を震撼(しんかん)(または当惑)させた青木淳悟の第2作品集はとびきりヘンテコリンな家族小説だった。 今般の文学界は家族の小説ばやりで、反目したり和解したりとみな大忙しだ。それに比べたら『いい子は家で』の一家は平和である。だけど小説はヘンなの、カフカ的に。 息子の靴の臭(にお)いをやたらと気にして洗わせろと迫る母。仕事を辞めて家に舞い戻ってきたとたん、ゲームに没入して話が通じなくなる兄。定年退職して家にいる父との会話はギクシャクして慣れないコントみたいになり、しかも視点人物であるこの家の次男は〈想像力が豊かというのか、ただ空想癖が強いだけか、彼はたまに目に見えないものを見てしまうことがある〉。 ゲーム機のコントローラーを握る兄の腕はセラミックの筒になり、喫煙者である父の耳からは得体(えたい)の知れないものが噴き出し、空腹のあまりバターに手を出した彼は〈両手をついて床の上のバターを顔に寄せる。においを嗅(か)ぎ、表面を舌で舐(な)め、それからにむり、にむり、噛(か)んで食べた。/ふと顔を上げ、手の甲で頬(ほお)をこすると、やっぱり。彼は自分の手を舌で舐(な)めてきれいにした〉。うわっ、人間がネコに変身しちゃってる! この小説を支配しているのは、理性ではなく感情でもない、感覚だ。大脳の辺縁系っていうんですか、ものを考えたり知識をためたりするんじゃなく、動物なんかとも共通する原始の脳。その脳で日常生活をおくり、家族の姿を眺めたらこんな感じかも、と思わせるところがある。 次男の目で〈一軒ごとに一名ずつの男性が屋根にしがみついているように見える〉とも記される家族。〈仮に「父なるもの」が屋根の上に置かれているとしたら「母なるもの」はきっと家の中にあるのだろう〉。同時収録の「ふるさと以外のことは知らない」では同じ状況が別の視点で綴(つづ)られる。1回目は困惑、2度目で少し納得、3度目にはたまらなくおかしい。2LDKは異次元への扉なのだ。 ◇ あおき・じゅんご 79年生まれ。初の小説集『四十日と四十夜のメルヘン』で第27回野間文芸新人賞を受賞。
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