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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]野口武彦> 記事 書評 ドーダの近代史 [著]鹿島茂[掲載]2007年07月22日 ■〈自己愛〉で読み解く西郷・中江 書名のドーダは、漫画家の東海林さだお起原で、「ドーダ、マイッタか」という究極の自慢のフレーズの由。本書にサブタイトルを付けるなら《近代史を動かした自己愛の研究》とでもなろうか。 幕末から昭和の二・二六事件までの歴史人物が大勢登場するが、事実上、前半は西郷隆盛論、後半は中江兆民論をなしていて、その合わせ技が本書の妙といえる。 ドーダは「自己愛に源を発するすべての表現行為」であり、さらに「陽ドーダ」対「陰ドーダ」、「外ドーダ」対「内ドーダ」というサブ・ジャンルに分類される。 西郷隆盛の謎もこれで解ける(!)。討幕運動の中心で活躍していた西郷が、幕府瓦解(がかい)と同時に精気を失い、西南戦争で暴発するまで長い抑鬱(よくうつ)状態にあったのはなぜか。著者にいわせれば、ドーダのベクトルが陽から陰に転じたからに他ならない。今も変わらぬ西郷人気の秘密も、「自己愛を否定してみせる」のがいちばん強力な「陰ドーダ」だからであるとされる。 明治日本で「東洋のルソー」といわれた中江兆民は、「外ドーダ」の典型として語られる。別名を「お手本ドーダ」というそうだ。権威ある外国の思想家に憑依(ひょうい)されてオピニオン・リーダーになるタイプである。フランス留学時の楽屋話も面白いが、論のポイントは、自由民権を鼓吹した兆民さえもが、西南戦争勃発(ぼっぱつ)の直前、「内ドーダ」の西郷隆盛を担ぎ出してクーデターを起こそうと考えていたというエピソードであろう。 著者の主張では、近代日本の病根は西郷崇拝に象徴される「禁欲の超人」の礼賛にある。現実にはありえない理想的人格に照らして、才能ある政治家・軍人は「君側の奸(かん)」として葬られ、破滅的な戦争に突っ込んでゆくという近代史の構図が提出される。 ドーダというと語感は軽いが、その言葉を使うことで何かが明瞭(めいりょう)に見えてくる《用語視野》が開けているのは間違いない。独創的なるが故に独断的な物言いは、ドーダ人間が本質的に「愛情乞食(こじき)、称賛乞食なのである」という一語で免罪されている。 ◇ かしま・しげる 49年生まれ。共立女子大教授。『愛書狂』『職業別 パリ風俗』など。 ここから広告です 広告終わり 書評 バックナンバー
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