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書評

猫風船 [著]松山巖

[掲載]2007年07月29日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■予知夢のよう〈魂のフィールドワーク〉

 真っ赤な、大きな舌が空中からベロリと垂れ下がり、下界に向かって「この世はみんな嘘(うそ)だよ」と警告する。

 冒頭作「アカンベー」の第一行からいきなり出現するショッキングな光景である。

 読者がふだん現実の世界だと思っている外界は、本当は誰かが操作している巨大なイメージ画面であり、その内いつか綻(ほころ)びが生じて、あられもなく剥(む)き出しの実景が露呈するのではないか。

 本書に連作掌篇(しょうへん)小説の形で収められた四十一場の白昼夢は、どの一つをとっても、予知夢に特有の濃厚な臨場感に満たされている。

 いつ行っても、初対面なのに顔なじみのような気がする老人と出会える「ホホエミ食堂」。病院で永遠に診察の順番が回ってこない「みんな待っている」。新築の家の壁に書き込まれた文字が、至る所で自己増殖してゆく「落書き」。告別式に列席した黒いスーツの人々の群れがビルの屋上からの飛び降り待ちの行列に加わる「烏(からす)たち」。

 次のドアの向こうには何が待ち受けているのか。作者は特別な探知器に導かれるかのように、都市空間のあちこちに埋め込まれたハッチから現実そっくりの異界に降り立ち、先々で《魂のフィールドワーク》を繰り広げる。

 住民も不思議になつかしい人々だ。「天使のくせに」にはデブで酒臭く、身体(からだ)が重すぎて空を飛べない天使が出てきて哀愁をそそる。団塊の天使がいるのだろうか。「泣き虫サンタ」には、夢でよく感じる原罪的な無限責任感が漂っていてやるせない。現在時は幻在時に居住まいを変え、迷路は歩いてゆけば冥路につながる。「新住民」では、何年も前に死んだ知り合いがにこやかに微笑(ほほえ)みかける。

 そして極め付きは「とてもセクシー」で描かれるシオサイトの超高層ビル群。暑い。道路には熱帯植物が繁茂している。異常な高温でビルも通行人もクニャクニャに変形しているのに、誰一人それに気が付いていない。

 この回廊に連なる親しげな異界風景は、幻想の産物ではなく、予知像の正確なスケッチなのではあるまいか。

    ◇

 まつやま・いわお 45年生まれ。作家、評論家。『闇のなかの石』で伊藤整文学賞。

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