ここから本文エリア

RSS

現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]高原明生> 記事

書評

大地の慟哭―中国民工調査 [著]秦尭禹

[掲載]2007年08月05日
[評者]高原明生(東京大学教授・東アジア政治)

■農村から出稼ぎ、想像を超す苦境に

 来年のオリンピックを控えた北京ならずとも、現在、中国の大都市の建設ラッシュはすさまじい。急速に進む中国の都市化、そして「世界の工場」とまで言われるようになった工業化を支えているのは、「民工」と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者だ。

 いまや2億人はいると言われる民工は、いわゆる3Kの仕事を受け持ち、仕送りによって農村経済にも大きく貢献する。例えば03年には、それによって四川省の農民の純収入は50%増えたという。

 本書は、中国で05年1月に出版され、多くの人に読まれた『中国民工調査』の邦訳である。著者は香港のエコノミスト。中国のいくつかの都市での実地調査と豊富な文献調査を組み合わせ、民工の生活の実態に迫り、それを多面的に描き出した。

 一部の民工の実態の厳しさは想像以上だ。給料の遅配欠配は驚くに値しない。劣悪な労働環境による労働災害の頻発と社会保障の欠如、「民工米」と呼ばれる、食用に適さない古い米などを使った粗末な食事、性の抑圧と精神生活の不毛、民工の子供の就学難と学校でのいじめ、そして農村の留守家庭に残された子供への虐待やストレス。民工と農村は都市主導の変革の波に呑(の)み込まれ、血縁を中心とした農村の姻戚(いんせき)文化と社会システムは破壊されたと著者はいう。

 中国の指導者は決して無為無策でいるわけではない。差別をなくし、民工に正式労働者と同じ待遇を与えるよう指示を次々と出している。また、女子労働者や熟練工の不足が広東などで深刻化し、賃上げ圧力となっている。

 民工の苦難は高度成長に伴う過渡的な問題なのかもしれない。成功している民工だって少なくないはずだ。だが広い中国の場合、過渡期は相当長くならざるをえまい。制度上は差別を廃止しても、豊かな沿海大都市を除き、実態として民工全員に社会福祉を提供することは当面不可能である。差別意識の解消も簡単ではない。表はぴかぴかの摩天楼だが、その裏には長く、濃い影があることを本書は教えてくれる。

    ◇

 田中忠仁ほか訳/チン・ヤオユイ 経済学博士、香港の管理顧問会社マネジャー。

ここから広告です

広告終わり

このページのトップに戻る