[掲載]2007年8月19日
■権力の一大敵国率いた「筆政」の足跡
新聞が時の権力から「一大敵国」と恐れられるほどの発言力と影響力を持っていたことがある。大正時代から昭和初期、新聞各紙は果敢な論説と真相をえぐるスクープで世論を導きつつ、常に華々しいイベントを展開して広く読者を獲得した。
だからこそ、しばしば新聞と権力は対峙(たいじ)した。日中戦争から太平洋戦争にかけて、編集の自由が徐々に奪われ、すべての新聞が大本営の発表をそのままに伝達する国策新聞になる。もっとも最終的に屈服したのは、記者たちではなく、むしろ新聞社の経営陣であったのではないか。
本書は、朝日新聞の編集部門の統括とマネジメントを掌握する最高責任者であった緒方竹虎の言動に焦点をあてつつ、戦前から敗戦にいたる新聞史を検証するものだ。記事や論説の内容ではなく、販売や広告なども含めた経営面から新聞の戦争責任を問う視点が新しい。加えて「権力」と「新聞」との緊張関係、そして「資本」と「経営」とをめぐる社内抗争のあとも丹念に検証する。
緒方は、早稲田大を卒業したのち朝日新聞社に入社、言論弾圧の白虹事件による人事刷新を契機に発言権を増し、いわゆる「筆政」になる。軍閥政府や軍部、右翼などからの攻撃の矢面に立って奮闘すると同時に、編集の自由を確保するため、社外株主を排除するなど経営と編集の分離を推し進めた。しかし副社長にまつりあげられたのち、朝日を去り小磯内閣の国務相・情報局総裁に就任する。
筆者は最終章で、新聞にとって「戦争」は終わっていないと挑発する。戦時下の新聞統制で得た既得権益をもとに、敗戦と占領の激動期を越えて、経営基盤を確立させる。しかし、「筆政」が編集と経営を掌握していた時代ほどには、権力から恐れられることはなかった。新聞は権力によって馴化(じゅんか)された面があるのではないか、と述べる。インターネットなどに企業広告の場が移るなど、新聞というメディアの将来性について議論がさかんな現在だからこそ、本書が投げかけた問題点に注目したい。
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いまにし・みつお 48年生まれ。朝日新聞社ジャーナリスト学校主任研究員。
著者:今西 光男
出版社:朝日新聞社出版局 価格:¥ 1,470
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