ここから本文エリア

RSS

現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]香山リカ> 記事

書評

反転―闇社会の守護神と呼ばれて [著]田中森一/近代ヤクザ肯定論―山口組の90年 [著]宮崎学

[掲載]2007年08月26日
[評者]香山リカ(精神科医、帝塚山学院大学教授)

■「疎外され裏社会に」訴えどう届く

 検事と弁護士。ともに難関の司法試験に合格しながら、一方は被疑者を追い込み、一方は被疑者を守る、とその立場は正反対だ。ただ、検事生活を経てから後年、弁護士に転身する人も少なくないことは、誰もが知っている。

 『反転』の著者・田中森一もそのひとりだ。しかし、田中の場合、検事時代と弁護士時代のギャップは“転身”と呼ぶにはあまりに大きすぎ、まさに“反転”と呼ぶにふさわしい。大阪地検特捜部から東京地検特捜部へ、と出世街道を驀進(ばくしん)した田中は、撚糸(ねんし)工連事件、旧平和相銀不正融資事件など大きな事件に次々とかかわり、政治や経済の不正をただすエース検事の名をほしいままにしてきた。こと細かに書かれている検事時代の捜査や取り調べは読み物としては抜群に面白いが、検察の手法の強引さには驚きも禁じえない。

 ところが44歳で弁護士になると、田中のもとには顧問を依頼してくる企業が押し寄せ、収入はあっという間に膨れ上がって個人用のヘリコプターを購入するまでになる。同時にヤクザの幹部や組長、いわゆるバブル紳士と呼ばれた怪しげな人物たちも近づいてきて、一転して田中は“闇社会の守護神”というレッテルを貼(は)られるようになるのである。そして00年、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で裏経済界の黒幕・許永中とともに逮捕。控訴審での実刑3年の判決を経て、現在は最高裁に上告中の身である。

 天職とまで感じていた検事を辞めて、なぜ弁護士となりアウトローたちに接近したのか。検察庁への不満、モチベーションの低下、母親の病気など検察庁退職の理由はいくつかあるが、いずれも決定的なものではなく、田中自身も何度も自分に問い返す。そしてたどり着く結論が、「根っこは、弱い人間が好きなのだろう」ということだ。長崎県・平戸の貧しい漁村の「勉強すると怒られる」という環境の中で育った自分は、貧困や差別などのハンディを背負ったがゆえにヤクザになったり、犯罪に手を染めるようになったりした者たちの気持ちがなんとなくわかる、というのである。

 日本最大のヤクザ組織・山口組の歴史を日本の近代史として論じた宮崎学の『近代ヤクザ肯定論』では、ヤクザは遊び人や犯罪者の集団として成立したのではなく、近代社会から疎外された者、周縁に追いやられた者が「生きんがために結びついた団結のひとつのかたち」だと述べられている。三代目・田岡一雄組長の娘が小学生時代に日記に書いた「『山口組』は、淋(さみ)しい人らが、みんなで集まっているサークルです」ということばを、宮崎は「正しい理解である」と評価する。

 田中は、本当に必要なのはそういった弱い人、疎外される人が社会に適応できるようなシステムを作ること、と言うが、今のところ彼らがかろうじて生き延びられるのは、裏社会や闇社会と呼ばれる世界だけだ。それらをただ排除するだけでは何にもならない、と言おうとしている田中や宮崎の声は、治安や社会正義を声高に求める人たちにはどう届くのだろう。

    ◇

『反転』たなか・もりかず 43年生まれ、弁護士、元検事。/『近代ヤクザ肯定論』みやざき・まなぶ 45年生まれ、作家。

ここから広告です

広告終わり

このページのトップに戻る