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川の光 [著]松浦寿輝

[掲載]2007年8月26日

  • [評者]重松清(作家)

■応援したくなるネズミ一家の旅物語

 わくわくして、どきどきして、はらはらする。ふうっと一息ついたかと思うと、すぐにまた胸が高鳴る場面が訪れる。あぶないよチッチ、がんばれタータ、いいぞお父さん……ページをめくりながら、何度も声をあげそうになった。いや、実際あげた。いい歳(とし)をして恥ずかしい。でも気持ちいい。ひさしぶりだ。それも、うーんと昔の、『シートン動物記』に夢中になっていた小学生の頃以来――夏休みの読書感想文の宿題、いま出してくれたなら、あっという間に書き上げられるのに。

 主人公は、クマネズミの一家。お父さんとお兄ちゃんのタータと弟のチッチの、長い旅の物語である。工事のために川べりのわが家を追われた3匹は、新たなすみかを求めて川をさかのぼる。もちろん、その旅は平穏なものではない。老獪(ろうかい)なイタチが追いかけてくる。「帝国」を築き上げたドブネズミが行く手を阻む。空中からごちそうを見つけたノスリが、鋭い爪(つめ)を光らせて急降下してくる……チッチ、危うし!

 波瀾(はらん)万丈の旅はまた、素敵(すてき)な出会いの旅でもある。「帝国」に反逆する孤高のドブネズミ・グレン、ゴールデン・レトリーバーのタミー、元気いっぱいのお母さんが率いるモグラ一家、スズメ夫婦に、獣医の田中さん一家……。

 だが、「わくわく」や「どきどき」のいちばんの理由は、表面的な事件の起伏ではない。もっと深いところで胸が熱くなるのだ。物語の終盤でネズミ一家を襲う最大のピンチに、作者は初めて顔を出して読者に語りかける。その言葉――3匹のネズミの生命についての、作者の優しくて強くて気高い言葉にこそ、物語全編を貫く主題がある。

 「応援」というのは時として傲慢(ごうまん)さと同義になってしまうものだが、それでも、僕はネズミ一家を応援せずにはいられなかった。旅の無事を、タータやチッチの幸せを、心から祈った。川の光とは、生命の光でもある。そのきらめきには僕たち自身の生命も溶けているはずだと信じられたとき、物語はちょっぴり思わせぶりな、心憎い余韻を残して幕を閉じるのだ。

    ◇

まつうら・ひさき 54年生まれ。作家、詩人、批評家、東大教授。

表紙画像

川の光

著者:松浦 寿輝

出版社:中央公論新社   価格:¥ 1,785

表紙画像

シートン動物記 (子どものための世界文学の森)

著者:アーネスト・T. シートン

出版社:集英社   価格:¥ 893

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