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書評

主人公の誕生―中世禅から近世小説へ [著]西田耕三

[掲載]2007年08月26日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■『好色一代女』に典型見る

 主人公とは何者か。

 坪内逍遥の『小説神髄』が英語のヒーローを「主人公」と訳して以来、この言葉は外来語のように思われているが、本当はれっきとした漢語である。

 本書は「主人公」の起源を求めて、禅の公案集『無門関』にさかのぼる。瑞巌師彦(ずいがんしげん)が毎日自分に向かって「おーい、主人公」と呼びかけ、自分で「はい」と返事をしていたという話だ。

 著者によれば、この一人二役のうちに近世小説の「主人公」の原形がある。「私」にぴたりと寄り添ってさまよい歩く「もう一人の私」がいる。

 そのせいか、近世初期小説の主人公には二人連れが多い。自己と《他己》とが対話しながら旅をする趣向である。著者は、この後者が世態風俗の中で客観化され、増殖し、分封(ぶんぽう)するところに近世文芸の展開を見出(みいだ)す。

 井原西鶴の『好色一代女』のヒロインは、当時の《性産業》のほとんど全業種を遍歴するが、作者はこの主人公を突き放したり、同化したり、自由自在に内外を出入りしている。

 一代女にこそ近世文学の主人公の典型があるとする論証は明快だ。この達成点からもう一歩進んで、さらに秋成・馬琴へと視界を広げた論も読みたかった。

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