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書評

アサッテの人 [著]諏訪哲史

[掲載]2007年09月09日
[評者]鴻巣友季子(翻訳家)

■小説に真っ向勝負挑む「熱い前衛」

 先日、翻訳同業者の間で、芥川賞受賞作『アサッテの人』を英訳したらどうなるか、という話になり、「題名の『アサッテ』をどう訳す?」とか「『ポンパ』や『チリパッハ』が訳せない」などと言いあった。「おいそれと訳せない」というのも、翻訳者に言わせれば大いなる賛辞なのである。

 本作の語り手の叔父はまじめな勤め人だが、突如「タポンデュー」などと意味不明の語を発する奇癖がある。妻の死を境に、彼の「アサッテぶり」は病的な風狂の域に達し、やがて失踪(しっそう)。本書は、叔父の残した日記や詩と、叔父を題材に語り手が書いた小説の草稿を、現在形の叙述でつなぎ、メーキングプロセスをも作中で見せるという、正調の前衛小説だ。

 アサッテの叔父や、彼が出くわす「チューリップ男」は、俳句の定律を守るようにきっちりと社会生活を送りながら、日常の小さな裂け目に、字余り・字足らずのごとく“アサッテの衝撃”を滑りこませる。定型を破壊し、意味を剥(は)ぐ。叔父の愛する「チリパッハ」は、ロシア語でカメを意味するCHEREPAKHAではなく、そこから意味というカメが這(は)い出たあとの「抜け殻」なのだ。言葉の意味を等価に翻訳することすら難しいのに、さあ、その「抜け殻」をどう訳せばいいか? 我々翻訳者はまた盛りあがった。

 思えば、イギリス小説の“父”たる『トリストラム・シャンディ』からして、変てこな言葉が迸(ほとばし)る最高の奇人文学であった。現代アメリカには、神経症の探偵の特異な語り口を生かした個性派ハードボイルドもある。翻訳が難しいのは、一語一句に掛け替えのないオリジナリティーがあるということ。しかしそういう翻訳困難な作品ほど、逆説的に翻訳という変容に耐えうる力を有するのだ。

 意味不明なものの意味を明確に分析しすぎたきらいはあるかもしれないが、叔父のダダイズム的な闘いを綴(つづ)る作者の筆は思慮深く、ひたむきとさえいえる。小説の黙契や虚構の作為にまっこうから勝負を挑む本書は、そう、「熱い前衛」でもあるのである

    ◇

 すわ・てつし 69年生まれ。この作品で第50回群像新人文学賞、第137回芥川賞。

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