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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]香山リカ> 記事 書評 ヒバクシャの心の傷を追って [著]中澤正夫[掲載]2007年09月16日 ■未曽有の「心の被害」を知る義務 相撲協会から厳しい処分を受けた横綱・朝青龍は、「解離性障害」と呼ばれる心の病に陥ったという。協会の処分が、心の崩壊の危機を招くほどの心的外傷になったというのだろうか。にわかには信じがたいが、もしそれが本当だとしたら、本書の筆者が「史上最悪の外傷記憶」と繰り返す被爆体験は人の心にいったいどれほどの危機をもたらすのか、想像にあまりある。 しかしこれまで被爆体験がもたらす心の障害については、「深刻な傷があって当然」という以上の具体的な報告、分析がほとんどなされてこなかった。その中でこの心の被害を具体的に記載し、構造化する試みに長年、取り組んできた精神科医の筆者は、被爆体験者の心の被害がきわめて特殊かつ重篤なものであることに気づく。 多くの人に心的外傷によるストレス性の後遺症いわゆるPTSDが起きている、というところまでは誰にも想像がつくだろう。ところが被爆によるPTSDでは、一瞬にして被爆当日に連れ戻されたかのように記憶が再現するフラッシュバック体験がいつまでたっても少なくならないのだ。60年後の調査でも、爆心地に近いところで被爆した人の実に4割以上が今なおそれに苦しんでいることがわかった。しかも時間がたつにつれ自分が生き残ったことや犠牲者を救えなかったことへの罪悪感が強くなり、苦悩はより深まっていく。 筆者は、このようにPTSDが薄れずに続くのは「放射能による後障害やその恐れが、次々と、新たなる心的外傷を形成するから」ではないか、と結論づけている。 「ちょっとした猟奇事件がおこるや『心のケア』が叫ばれ」る報道を見るにつけ、筆者は「被爆者と何というちがいだろう」と思い、なぜ彼らの「心の傷」が治療・補償の対象にならないのか、と疑問を感じるという。私たちはつい目の前の「心の傷」に目を奪われがちだが、日本社会には62年たってもなお減衰しない未曽有のPTSDに苦しむ人たちもいることを知る義務が、ここで暮らす誰にもあるのではないだろうか。 ◇ なかざわ・まさお 37年生まれ。精神科医。『患者のカルテに見た自分』など。
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