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書評

国のない男 [著]カート・ヴォネガット

[掲載]2007年09月16日
[評者]渡辺政隆(サイエンスライター)

■軽妙にして深刻な真実のメッセージ

 本書は、現代アメリカの偉大な作家カート・ヴォネガットの最新エッセイ集にして遺作である。大好きな作家の新作がもう期待できないというのはなんとも悲しい。だが、ともかくも新作が読める幸せに浸るしかあるまい。

 軽妙だが深刻、おかしいが悲しい、荒唐無稽(こうとうむけい)っぽいが妙にリアル。ヴォネガットの小説は、複雑にして単純な人間の姿をみごとに描き出してきた。エッセイにしてもまたしかり。

 かつてヴォネガットは拡大家族という概念を提唱した。赤の他人でも家族だと思えば人々の孤独は癒やされ、自(おのずか)ら世界は平和になるはずといったところか。汝(なんじ)の隣人を愛せよと言い換えてもいい。ただしこれは宗教ではない。

 徹底した無神論者にして自由思想家であるヴォネガットは自らを人間主義者と呼ぶ。当然、死後の世界など考えない。したがって、亡くなったヴォネガットに対して、「カートはいま天国にいるよ」というのがいちばん気の利いた最高のジョークとなる。

 だが、実の家族どうしでも心はかよわず、平和はいっこうに訪れない。もう怒る元気もない。涙もユーモアも枯れた。「わたしはおもしろいことの言える人間だったのに、もう言えなくなってしまった。……腹立たしいことがあまりに多くて、笑いでは対処しきれなくなってしまったからだ」と、本書でも書いている。「唯一わたしがやりたかったのは、人々に笑いという救いを与えることだ」ったというのに。なんてこった。世の中は、それほど殺伐としてしまった。

 本書で語られている言葉はすべて真実を突いている。「みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい」と言われると、不満ばかり言っている自分が恥ずかしくなる。「百年後、人類がまだ笑っていたら、わたしはきっとうれしいと思う」。われわれはこのメッセージをしっかりと受け止め、幸せだと気づける人を一人でも増やしていくしかないだろう。ありがとう、ヴォネガットさん。あなたに神のお恵みを!

    ◇

金原瑞人訳/ Kurt Vonnegut 作家。22年生まれ。今年4月に死去。

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