ここから本文エリア

RSS

現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]山下範久> 記事

書評

シャンパン歴史物語 その栄光と受難 [著]ドン&ぺティ・クラドストラップ

[掲載]2007年09月16日
[評者]山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)

■ブドウに殉じた人々の苦難の象徴

 現在日本のワイン業界は、ちょっとしたシャンパンブームに沸いている。ただの発泡性ワインではない本物の「シャンパーニュ」ブームだ。ここ10年ほどワイン全体の消費量が横ばいのなか、シャンパンの輸入量は3倍。みんな大好き、シャンパン。ミーハーな私は、恥ずかしながらウンチクの仕込みのつもりで本書を手に取った。そして打ちのめされた。

 シャンパン(フランス語風に書けばシャンパーニュ)とは、フランス北東部のシャンパーニュ地方で造られる発泡性のワインであり、その名を称するにあたっては厳格な規制がある。高校で世界史をマジメに勉強した人なら、この地名を中世の商業上の要地として覚えておいでであろう。「シャンパーニュの大市」である。その頃のシャンパーニュのワインに泡はなく、大市で商われることもなかった。そこからいわゆるシャンパンが定着し、ナポレオンがモエのシャンパンを愛飲するあたりまでは、シャンパーニュにまつわる歴史ウンチクのオンパレードだ。

 しかし次第に話は深刻になってくる。偽シャンパン問題(市場の発達にともなって、外部の安価な原料を使い、粗悪品を濫造(らんぞう)して輸出する構図は今日の食品偽装問題と同形である)、シャンパーニュの地理的な線引きを巡る内乱寸前の混乱、そして戦争である。

 そもそも商業上の要地であるということは、交通の要衝でもあり、シャンパーニュはローマ時代の昔から戦争の色の濃い土地であった。だが、近代以降の戦争、すなわち普仏戦争と2度の世界大戦(特に第1次大戦)は、この地を徹底的にたたきのめした。文字通り戦場となったこの地で、爆弾の雨が降り、塹壕(ざんごう)に切り刻まれるなか、シャンパンを守ることは、おのが生業を守ることであり、父祖伝来の土地を守ることであり、そしてまたシャンパンという象徴を守ることであった。そこにフランス・ナショナリズムのにおいを嗅(か)ぎつけるのはたやすいが、いわばブドウに殉じたひとびとの生きざまは、それを超えて胸をうつ。

 なめらかな訳文にも脱帽。

    ◇

平田紀之訳/Don & Petie Kladstrup アメリカ人ジャーナリスト夫妻。

ここから広告です

広告終わり

このページのトップに戻る