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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]酒井啓子> 記事 書評 リビアの小さな赤い実 [著]ヒシャーム・マタール[掲載]2007年09月30日 ■恐怖政治の中、夫と子を守った若き母 本書評を執筆中に、本紙に「リビア『普通の国』遠く」という記事が載った(15日付)。リビアという国には、普通でない、反米の奇矯な独裁者の国、というイメージがつきまとう。その中心に君臨するカダフィ大佐は、人民主義ナショナリズムを掲げ、69年軍事クーデターで政権についた。 この話は、その10年後から始まる。父親を政府に不当逮捕され、エジプトに逃げざるをえなかったリビア人たる作者の、自伝ともいえるこの小説には、作者の幼少時の心象風景が折り重なる。 少年の家族を追い詰める出来事は、南欧の景色を髣髴(ほうふつ)とさせるような、美しい映像のなかで語られる。抜けるような空と海の青と、太陽の黄、建物と砂漠の白にクワの実の鮮やかな赤。取り戻せないからこそ、記憶は美しい。 独裁で思い浮かべられがちな、物理的暴力の残酷さを描く個所もあるが、それよりもいつ姿を現すかわからない、監視の目への恐怖、息苦しさが、ひりひりと痛いほどに伝わる。父の友人の逮捕、父の行方不明。無邪気になのか不安感の裏返しからなのか、反逆者の息子とみなされた友人をいじめ、父の秘密を監視者に暴露してしまう少年。 中東だけではない、すべての独裁国家で暮らす緊張感を、子供の日常生活のなかに描いた点で、主人公はこの少年だろう。だが話の核になるのは、母親のほうだ。民主化など政治活動に夫が関(かか)わることの危うさにいらだち、「薬」に逃避する弱い女性と、表面的には描かれているように見える。意に沿わない結婚を強いられた、封建的家族関係の犠牲者とも位置付けられる。 だが政治に首を突っ込んでボロボロになった夫を支え、子供を国から逃がす算段をしたのは、母だ。家族の命を救うためには、夫が裏切り者と思われることも辞さない。 原題は、「男たちの国で」。殺される運命にあって、物語だけで生き延びることに成功した『千夜一夜物語』のシェヘラザードが、しばしば引用される。男たちの世界に振り回されつつも家族を守り続けた、若き母の芯の強さへの、息子からの賛歌でもある。 ◇ IN THE COUNTRY OF MEN 金原瑞人、野沢佳織訳/Hisham Matar 70年生まれ。作家。79年にリビアを離れた。
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