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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]山下範久> 記事 書評 共和主義ルネサンス 現代西欧思想の変貌 [編著]佐伯啓思、松原隆一郎[掲載]2007年09月30日 ■帝国に抗う思想の普遍化を多角的に 共和主義は、日本の政治風土に根を下ろした言葉とは言い難い。共和主義を掲げる日本の政治家など私は知らないし、特定の党派を共和主義的だと論評する記事にもお目にかからない。多少ワケ知りな筋にとっても、この言葉はエリート主義の上品な言い換えのようなものでしかない。 共和主義は、ギリシャ・ローマの古典的世界に淵源(えんげん)を持つ。それは共和国のあり方を説く思想である。共和国は帝国と対峙(たいじ)して意味を持つ。もっと正確に言えば、帝国へと変じていく芽を内部に抱えながら、その傾向に抗(あらが)う思想が共和主義なのである。したがって、日本における共和主義の不在は、帝国に抗うということが何を意味するのかが真剣に考えられていないということの表れでもある。 とはいえ、この言葉を明快に定義するのは難しい。公徳心、愛国心、「法」による支配、反集権主義、反金銭主義など、いろいろ挙げられるが、どれを本質的と見るかで共和主義像はかなり異なる。 そのように必ずしも整合的でない多様な要素が、共和主義というひとつの表題の下に書き込まれる原因は、西欧が近代へと多段階的に脱皮していく際に、そのつど自己の起源としての古典的世界への解釈が重ね書きされてきたからだ。しかし、最終的に近代というロケットが西欧から普遍へと打ち上げられたとき、共和主義という名の打ち上げ台は忘却されてしまった。 してみれば、日本のような非西欧の近代社会においてこの語がいかにも疎遠なのは当然でもあるが、逆に言えば、自由や民主主義といった西欧起源の普遍主義的価値は、実はその遺伝子構成のなかに、共和主義的要素を伏在させているということでもある。 本書の各章は、このように西欧思想―特に通常共和主義と対置されることの多いリベラリズムの諸思潮―のすみずみに入り込んでいる隠れた共和主義的主題を緻密(ちみつ)に論ずるものである。それは共和主義思想の良質な現代的入門であるだけではなく、グローバル化の時代にあって、普遍主義的主張に向き合う姿勢の鍛錬の場でもある。 ◇ さえき・けいし 京都大学教授。まつばら・りゅういちろう 東京大学教授。
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