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書評

王の記憶 王権と都市 [著]五味文彦

[掲載]2007年10月07日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■土地の記憶からたどる中世の内界

 一般向けの書物としては、もし初めにもう少しくわしいプロローグが付き、「王権」と「都市」の概念について予備的な輪郭が与えられていたら、本書のキーワードである「記憶」の意味がもっと鮮明になったに違いない。

 取り上げられるのは、12世紀頃からほぼ同時的に発展し始める京都・奈良・博多・鎌倉などの中世都市である。「王権」とは天皇権力に限定されず、鎌倉の頼朝政権にも奥州平泉の藤原政権にも適用される。都市を拠点にして確立される新興政治勢力の原核であると見てよい。

 著者のいう「王の記憶」とは、都市の形成に当たって人々の心性に想起され、回帰してくる地霊の伝説のようなものを指すらしい。

 中世都市の考古学的発掘は多くの遺跡や遺品を出土させるが、著者がめざすのはそれでは必ずしも見えてこない歴史の内界への潜航である。

 原型的に「異文化や文物の交流・交換の場」だった都市では、集まってくるモノの善し悪(あ)しを選べない。物資と疫病はワンセットなのだ。交易の管理と疫神の鎮撫(ちんぶ)とは「王権」の必須条件であり、政治と宗教は一つに撚(よ)り合わされる。地方への権力扶植と神仏混淆(こんこう)や勧請による布教網の拡張は、血管とリンパ管のように相補って組織される。

 古くから「大陸の窓口」だった港湾都市博多は、海の記憶に包まれている。航海の安全を守る住吉神社と八幡宮の信仰ラインは、舶来品の交易線と重なって瀬戸内海を横断し、摂津の住吉を経て政治都市京都と結ばれる。

 長い間、鴨川の氾濫(はんらん)に苦しめられた京都は、川の記憶に満ちている。賀茂の祭神は王城鎮護の神に転身して古代権力に組み込まれる。

 こうして本書は、中世日本に各地で生まれたいくつもの新興市街が、それぞれ独自の「王権」をめざして土地に刻み込まれた古い記憶を励起(れいき)する仕組みを解き明かす。

 いちばんダイナミックなのが頼朝の鎌倉だろう。「京の王権」に対抗したこの「東国の王権」の拠点は、頼義・義朝らの祖霊を呼び戻す源氏の故地だったのである。

    ◇

 ごみ・ふみひこ 46年生まれ。東京大名誉教授。『書物の中世史』など著書多数。

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