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書評

NEXT(上・下) [著]マイクル・クライトン

[掲載]2007年10月07日
[評者]香山リカ(精神科医、帝塚山学院大学教授)

■遺伝子研究が行きついた悪夢の世界

 「どちらにしても、船は出てしまったわ。とうのむかしにね」

 登場人物のひとりがつぶやくこの言葉が、遺伝子研究の現在の姿を端的に表している。彼女が話しているのは、「バイオ研究所に自分の卵子を売る少女たち」の是非についてである。

 ちなみにこの少女の話はフィクションではなく実話だそうだが、本書には他にも実在の話を加工したエピソードが満載。激烈な遺伝子の特許取得競争、「患者の体の細胞は本人のものか、それとも治療した病院のものか」の裁判、自らの研究をビジネスチャンスに結びつけようと危険を冒す研究者たち。科学の世界でさえ大きな金と野心がうごめくのはいかにもアメリカ的だが、問題はそれらがすべて「生命」と直結した事柄だということだ。

 たとえば、実験段階の「成熟遺伝子」を誤って吸引した不肖の兄が更生したのを見た研究所職員は、経営者と結託し倫理も無視してそれを商品化しようとする。しかし、その遺伝子には「老化を速める」という致命的な欠点が……。まさに悪夢のような世界だ。

 あとがきで明かされるが、作者の立場は「遺伝子特許には反対、明確なガイドラインも必要、しかし研究は規制するな」。それゆえか、人間の遺伝子を導入され、言葉を話すチンパンジーやオウムに対する作者のまなざしは温かい(これは実話ではなくフィクションとのこと)。「ときどき悲しくなる」などと語る動物を見たら、無条件に抱きしめられるか、それとも「これは倫理に反する」と嫌悪感を抱くか。読者の人間性と倫理観も天秤(てんびん)にかけられる。

 「最先端の遺伝子テクノロジー」とはいかにもマイクル・クライトンが目をつけそうなテーマであるが、あれもこれもとエピソードを詰め込みすぎて、物語としてはやや散漫な印象も受ける。おそらくこれは、作者の予想よりも現実の“船”がずっと先に進んでいたためなのだろう。「倫理」の歯止めをかけられるのは、誰なのか。知人の研究者に尋ねたら、「もう遅いよ」とズバリ言われた。

    ◇

 酒井昭伸訳/Michael Crichton 42年生まれ、米ベストセラー作家。

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