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書評

私は逃げない―ある女性弁護士のイスラム革命 [著]シリン・エバディ

[掲載]2007年10月14日
[評者]酒井啓子(東京外国語大学教授・中東現代政治)

■イランで目覚めた女性たちを後押し

 2003年、イラン人女性弁護士のシリン・エバディがノーベル平和賞を受賞したとき、多くの日本人は、それって誰だ? と思ったろう。

 一方で、彼女がイラン・イスラーム体制に対して民主化、女性の権利擁護を要求してきた、ということを知る人のなかには、欧米のイラン批判を後押しする受賞では、と斜に構える者もいた。折しも米英がイラク政権を武力で転覆し、楽天的に中東の民主化を謳(うた)っていた時期だ。当時のハータミー・イラン大統領の改革路線が、壁にぶつかっていた時期でもある。

 しかし本書を読むと、そんな生易しいものではないことが、わかる。国外に亡命し、安全な高みから民主化を叫ぶ亡命知識人は、多い。だが彼女は一貫して、海外に逃げないことにこだわる。

 情報機関の暗殺リストに載っても、知識人を狙う連続殺人事件に巻き込まれても、刑務所送りになっても、逃げない。どれも、踵(きびす)を返したくなるようなことばかりだというのに。

 そのこだわりは、「私がイランで果たす役割」は、「海の向こうの大陸から……こなせる」ものではない、と筆者が確信しているからだ。ノーベル賞決定後、帰国して最も著者の胸を打ったのは「イラン万歳」という手書きのポスターだった。それが、著者の祖国への愛を示している。

 また、欧米の短絡的なイスラーム観にも批判的だ。イランの女性は、イスラームのせいで束縛されているのではない。自由や民主主義はイスラームと矛盾しない――。一貫して著者はそう主張する。

 イラン革命によって、実は女性の教育水準は格段に上昇した。これまで伝統的家庭のなかに閉じ込められていたような若い女性が、イラン革命によって政治に覚醒(かくせい)し、革命の「指導者」役になる。彼女たちは、自分にも重要性がある、社会で役割を果たしうる、と気づいたのだ。

 革命で女性裁判官という職を奪われた著者が、革命によって目覚めた若い女性たちの社会進出を、後押しする。祖国の現実から逃げない著者の生き様が、力強い。

    ◇

Iran Awakening

竹林卓訳/Shirin Ebadi 47年生まれ。テヘラン市在住。

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