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書評

知られざる宇宙 海の中のタイムトラベル [著]F・シェッツィング

[掲載]2007年10月21日
[評者]渡辺政隆(サイエンスライター)

■主役は海、軽妙洒脱に科学を語る

 一般読者向けの翻訳科学書には著しい偏りがある。翻訳されている原著の大半は英語で書かれたものという偏りである。紹介されずに埋もれている英語圏以外のおもしろい科学書もあるはず、もっと読みたい。そんな期待に、本書はみごとに応えてくれた。

 著者であるシェッツィングはドイツの小説家。2004年に出版した海洋もののSF大作『シュヴァルム(群れ)』(未訳)が大ヒットし、ハリウッドでの映画化も予定されているという。その内容は、深海で誕生した単細胞の知的生命体の群れがさまざまな異常現象を引き起こし、人類が危機に陥るというスリリングな超大作らしい。

 本書は、周到な予備調査を踏まえて書き上げたそのSF大作の余勢を駆って執筆に着手された。ところが、当初は150ページ程度の軽いノンフィクションを書くはずだったのに、補足調査を進めるうちに構想が拡大し、結局は海の誕生から生命の進化、果ては海洋開発の将来にまで筆が進み、邦訳書にして600ページを超える大冊となった。

 なるほど、最新の情報は加味されているものの、地球における海の誕生、そこでの生命の起源、三十数億年に及ぶ生物の進化など、紹介されている歴史の筋書きは取り立てて目新しいものではない。しかし、ドイツのマイクル・クライトンとでも言うべき著者の本領は、集めた素材をさばく語り口の巧みさ新鮮さにある。したがって本の厚さなど、さほど気にならない。一口で言えば軽妙洒脱(しゃだつ)、そしていい意味での居直りに徹している点がすばらしい。それでこそ、科学者ではない書き手が科学を語る意味がある。

 たとえば著者は次のように言い切る。「この本は教科書ではない。……これはスリラー小説だ。地球の歴史というのは、筋書きが何度も急展開し予期しない出来事でいっぱいの、ハラハラドキドキさせる物語にほかならない」。たしかに、面白い話を無味乾燥な語り口で語るのは、むしろ罪作りなだけだ。

 それと、「あなたがこの本で絶対的な真理を見つけることはないだろう。そこで見つけるのは、おそらくこうではないかという物語」だという著者の宣言も、きわめてまっとうである。なぜなら、科学は絶対ではない。たとえば生物が進化した経路にしても、これまでに見つかっている化石や、DNAから得られるデータなどを継ぎ合わせることで、とりあえずの筋書きが作られている。これは正しい科学の方法だ。しかし、明日にでも予想を覆すような化石が見つかれば、それまでの筋書きががらりと変更される余地は大いにある。科学とは、そのように客観的な証拠を基に絶えず理論を修正していく作業なのだ。

 本書の主役は海である。最大で深さが1万メートルを超える深海の大半は未知の世界だ。人類は月面に到達したが、日本が世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」をもってしても、6500メートルの深さまでしか潜れない。そこには著者が言うように、伝説の巨大ウミヘビが潜んでいるかもしれない。科学者だけでなく小説家の探求心を駆り立てるわけだ。

   ◇

 Nachrichten aus einem unbekannten Universum:Eine Zeitreise durch die Meere

 鹿沼博史訳/Frank Schatzing 57年生まれ。95年に歴史小説『死と悪魔』を発表、ベストセラーとなる。

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