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みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ−POP [著]田家秀樹

[掲載]2007年10月21日

  • [評者]重松清(作家)

■優れた青春小説のホロ苦さにも似て

 副題に名前の出てくる大森昭男氏は、1970年代からCM音楽を手がけてきた音楽プロデューサー。矢沢永吉の「時間よ止まれ」や堀内孝雄の「君のひとみは10000ボルト」などCM発の数々のヒット曲を送り出してきた。本書はその大森氏の足跡を軸に、1970年代から80年代前半にかけて――本書に登場する人物の言葉を借りれば〈コマーシャルソングがあんな風に音楽の流行に強い影響力を持つことはもうないのではないだろうか〉という時代のCM音楽の舞台裏をたどるノンフィクションである。

 著名なアーティストのエピソードが次々に出てくる。CMと音楽、それぞれのつくり手の方法論の個性も楽しめるし、業界の内幕も覗(のぞ)き見できる。なにより、映画「アメリカン・グラフィティ」よろしくおなじみの(そして懐かしの)ヒット曲が次から次へと登場するのがうれしい。当時を知る読者は、きっとページを繰りながら何曲も口ずさんでしまうだろう。

 だが、本書はただ年譜的に事実を追っただけの一冊ではないし、懐古趣味のみに終わるものでもない。

 ラジオからテレビへと主戦場を移した広告の世界も、ロックやフォークが市民権を得はじめた音楽の世界も、「新しさ」を求め、また求められていた。あの頃のCM音楽とは、二つのジャンルの「新しさ」が組み合わさった異種交配だった、と大森昭男氏は言う。その言葉に応えて、著者の田家秀樹さんもCM音楽が目指した「新しさ」を丁寧に探っていく。

 アーティスト、プロデューサー、アレンジャー、エンジニア、コピーライター、写真家、ディレクター……「新しさ」の旗に集ったクリエイターたちの群像は、どこまでもみずみずしい。

 そんな本書を、僕は青春小説のように読んだ。CM音楽にも青春があった。そして時代は変わり、青春は終わる。本書の表題は過去形で記された。それを優れた青春小説のホロ苦さに重ね合わせるのは、労作のノンフィクションに対して決して非礼な読み方ではないはずだ。

    ◇

 たけ・ひでき 46年生まれ。雑誌編集長をへて音楽評論家、ノンフィクション作家。

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