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書評

巨大建築という欲望―権力者と建築家の20世紀 [著]ディヤン・スジック

[掲載]2007年10月21日
[評者]北田暁大(東京大学准教授・社会学)

■なぜ権力は巨大建築を求めるのか

 かつてヴィクトル・ユゴーは『ノートル=ダム・ド・パリ』のなかで、15世紀の副司教に「これが、あれを滅ぼすことになるだろう」と語らせた。「あれ」とはノートル=ダム大聖堂、その壮麗な大建造物を「滅ぼす」とされている「これ」とは、当時の最先端技術=活版印刷によって生み出された書物である。

 この副司教の予言から数百年たったが、いまだ巨大建築の社会的威信は衰えていない。それどころか、20世紀は権力者と巨大建築とが独特な形で関係を深めた時代であったともいえる。枢軸国/連合国、社会主義陣営/資本主義といった違いにかかわりなく、権力は巨大建築を求め、また建築も権力に寄り添っていった。本書は、ヒトラー、スターリンといった権力者たちと巨大建築、都市建設との密接なかかわりあいを、資金と権力と機会を求める建築家たちの姿に照準を合わせながら描き出したものである。

 とはいえ、本書で扱われているのは、分かりやすい形をとった権力、いわゆる独裁者と建築とのかかわりだけではない。大統領たちの名を冠した図書館は権力を称(たた)え、壮大なクリスタル大聖堂は途方もない巨大さによって現代的な「聖」を演出する。考えてみれば、あの世界貿易センタービルも、それがアメリカ的世界観の象徴的メディア――アメリカという権力の示威媒体――であったがゆえに標的とされたのではなかったか。

 独裁者や資産家たちのどうしようもなく露骨な権力から、「誰の」と属人化することの難しい日常的な社会的権力にいたるまで、さまざまな位相の権力と建築(家)との関係が、抽象的・思想的な注釈に頼ることなく、淡々と具体的に指し示されていく。いい意味でジャーナリスティックな本である。

 ネット時代の到来とともに、副司教の予言は、「情報は建築を滅ぼす」という意味でよく引用されるようになっている。しかし、そう言い切ってしまう前に、いまだ巨大建築という欲望に突き動かされている私たちの社会を振り返っておくのも悪くはないだろう。

    ◇

 The Edifice Complex

 五十嵐太郎監修、東郷えりか訳、紀伊国屋書店/ Deyan Sudjic 52年生まれ。建築評論家。

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