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書評

中華文明と中国のゆくえ [著]ワン・ガンウー

[掲載]2007年11月11日
[評者]山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)

■「皇帝戴く王朝」からの脱皮期待

 統治は権力行為である。民主主義国家においてもそのことにかわりはない。ただ権力の持続性は、権力を行使される側の同意に依存する。議会制民主主義はこの同意の調達を合理化する過程で生み出されたものだが、この合理化が100%果たされた国などない。権力が正統化されるスタイルは、国ごとの歴史的な経験に大きく依存する。

 中国も、もちろんその例外ではない。というより、その歴史的な経験の厚みは他を圧している。この厚みを理解せずに抽象的な原則を振り回しても、中国を理解することはできない。

 中国においてこの歴史的経験の厚みは、「文明」と「皇朝(皇帝を戴〈いただ〉く王朝)」の同一視という強固な枠組みを構成した。文明としての中国国家は、自らの道徳的価値の普遍性に関して外部からの挑戦を予(あらかじ)め免れるかたちで構築された自己理想の体系であり、皇朝としての中国国家は、現実の統治権力として、首都を掌握する軍事的勝利と「外国」からの承認とを根拠とする。

 両者を同一視することの整合性の度合いが中国史のダイナミズムだというのが著者の見立てだ。ツールは単純だが、切れ味は鋭い。鄭和の大航海が突然停止になった理由から、孫文から袁世凱への権力移譲、果ては毛沢東のカリスマ性の根拠まで、縦横に見通しがきく。

 その上で著者が強調するのは、中国が現在なお「皇朝国家」から「国民国家」へ脱皮の過程にあるということだ。日露ふたつの脅威に挟まれた前世紀初めの中国にとって、皇朝の論理の代替は、ナショナリズムとコミュニズムという狭い選択肢以外にはなく、蒋介石の党にせよ毛沢東の党にせよ、党は疑似皇朝としてしか持続性を持ちえなかった。

 しかし疑似皇朝としての党の正統性にも限界が見え始めている。華僑知識人である著者が期待するのは、「文明」の概念が「皇朝」から切り離されることで、より開放的な国民統合の論理が構築されることだ。決して容易ではないその過程の必須の条件のひとつは、中国を孤立させないことである。

    ◇

 加藤幹雄訳/Wang Gungwu 30年、インドネシアで生まれた華人歴史学者。

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