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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]香山リカ> 記事 書評 「自由」は定義できるか [著]仲正昌樹[掲載]2007年11月11日 ■「自由をめぐる混乱」をリアルに分析 アメリカのイラク戦争の作戦名は、「イラクに自由を!」。自由の強制がいかに不自由をもたらしたかは、周知の通り。なぜそんなことが起きるのか。それは、「圧政からの自由」を目指したはずが、いつのまにか「アメリカ的な社会の実現への自由」の強制にすり替わってしまったからだ。そして、歴史を振り返ると、このすり替わりは「自由の追求」を始めるとしばしば起きることらしい。さらにその背景には、ホッブズ、ルソー以来、議論されてきた「自由」という概念の違いが関係していそうだ。本書を読むと、こういったことがわかってくる。 このように長い歴史を持つ「自由」問題だが、とくに現代では、「経済」を軸にして「自由」をイメージし、制度化しようとする人たちがその前提とする「自己決定」とその結果である「自己責任」の是非が論争のテーマとなっている。「自己決定」に異議を唱える人たちの主張は、社会的に抑圧されている人に真の「自己決定」はできないのだから、まずその「抑圧からの自由」が必要というもの。私も臨床の場で、心を病む人たちが主張する「自己決定」が病が癒えると簡単に覆る様子を見てきたので、その立場。 しかし著者は、このように抑圧からの全面的解放を求め始めると、冒頭のアメリカのような“究極の自由”の幻想にとりつかれ、他人にも強制する危険性がある、と警告を発する。そして、自己決定論の是非を問うことよりも重要なのは、多くの人がそれを十分に行使できるように支援するシステムを作ること、と提案する。まさしくその通りだが、実現は簡単ではない。 「自由」について概説的にわかりやすく述べ、さらに現代社会が直面する「自由をめぐる混乱」をリアルに切り取った意欲作であるが、やたらと「サヨクの人々に文句を言われるのは承知の上で」といったフレーズが出てくるのにはかなり辟易(へきえき)した。「自分こそ正義」と思い込む人に著者が反感を覚えるのは理解できるが、その人たちにこそ本書を読んでもらう必要があったはずなのに残念だ。 ◇ なかまさ・まさき 63年生まれ。金沢大法学部教授。『思想の死相』など著書多数。
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