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書評

龍の棲む家 [著]玄侑宗久

[掲載]2007年11月11日
[評者]杉山正樹(文芸評論家)

■父が認知症になったとき

 親が突然、別人になってしまう。カフカの『変身』さながらの不条理な出来事が、身辺で日常茶飯のように起きている。虫に変身するわけでなく、外見はまったく変わらぬだけに、対処の仕方がむずかしい。

 徘徊(はいかい)をはじめたとき、幹夫の父は子どもの昔に帰っていた。しかし、龍(りゅう)が淵(ふち)公園にくると、かれは、市長の開発計画を阻止して龍が淵の遺跡を守りぬいた市役所の土木課長に戻り、また社会福祉課の課長となって、引き取り手のない遺体を案じたりする。

 その公園で出会った介護福祉士の佳代子は幹夫に、ひたすら寄り添うのが介護の原則だと教え、ふたりで父の記憶のなかの人物を演じつづけるうち、互いに共感を抱く。どちらも伴侶と別れたばかりだったし、妻を失った父は嫂(あによめ)の死のあと認知症になったのだ。登場人物は欠損によって共通している。

 やがて佳代子が介護ヘルパーとして来宅し、家族の絆(きずな)が生まれようとした時、父の内面に龍が淵の龍のように潜んでいた「自然」が凶暴な本性を現す……。

 一筋縄ではゆかぬ病気と介護を描いて巧妙だが、第一作『水の舳先(へさき)』からの読者としては、予定調和の物語を乗り越えてほしい、と願わずにいられない。

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