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書評

江戸城のトイレ、将軍のおまる―小川恭一翁柳営談 [著]小川恭一

[掲載]2007年11月18日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■お城の中は「儀礼と先例と挨拶」次第

 歴史は一見つまらないことから分からなくなる。

 江戸城のトイレはどこにあったか。登城した諸大名や日勤する役人たちはどこでどう用を足していたのか。ふだん気に留めない事柄は忘れ去られるのが早い。「神は細部に宿る」といえば綺麗(きれい)事すぎるが、歴史を生きた姿で思い浮かべようとすると、些細(ささい)な事実に関する知識がまっ白なのに気付くことが多い。

 つい最近物故した著者は自身を「三田村鳶魚(えんぎょ)の最後の弟子」と位置づけ、江戸幕府制度に造詣(ぞうけい)が深かった在野の研究家である。先師の鳶魚は博識無双の風俗考証家で、その膨大な著述は江戸時代ファンにとって宝庫であるが、よく知られる悪癖があっていっさい出典を記さなかった。本書はいわば《出典を明記する二代目鳶魚》としてその業績を受け継ごうとした仕事だ。自ら名付けて「柳営学」。柳営とは、幕府の異称である。

 書名になっている話題の他にも「格付けにこだわる大名たち」「官位と席次は悩みのタネ」「殿中不作法」など、各話で描かれる江戸城は、細かな格付けと席次の社会である。城内の日常は儀礼と先例と挨拶(あいさつ)(心付け)に支配されているといってよい。

 慣例を教える専門職があった。『忠臣蔵』で敵役になった吉良上野介らの高家がそうだし、殿中では坊主衆の案内がなければ動きが取れない。行列を一目見て何家の大名かを判別する下座見(げざみ)という世襲の職能集団もいた。初登城する大名が殿中の作法を学ぼうと高い謝礼を支払って師匠を招き、リハーサルを繰り返す姿は涙ぐましい。

 現代官僚の無失点主義にもつながっているのは、柳営がシクジリに厳しい職場だったことだ。たとえば顔に吹き出物ができ、バンソウコウを貼(は)って登城してしまった場合はどうするか。将軍のお目障りにならないかと坊主を通じて大目付に届け出、検分してもらうのである。手続きさえ怠らなければクビにならずに済む社会だったといえる。

 体系化しにくい材料を『半七捕物帳』の流儀で対話形式の聞き書きに組み立てた編集者の工夫は褒められてよい。

    ◇

 おがわ・きょういち 1925〜2007年9月。『江戸幕府旗本人名事典』など。

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