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書評

ひきこもりの〈ゴール〉 [著]石川良子/ひきこもりはなぜ「治る」のか? [著]斎藤環

[掲載]2007年11月25日
[評者]久田恵(ノンフィクション作家)

■彼らを理解できない苦しみに光を

 ある母親が言った。息子がひきこもって7年。以来、顔を見たことがない、と。

 彼女は、時折、深夜に外に出て2階の窓を見上げる。灯(とも)った明かりに人の気配を感じ、息子の成長を想像する。望みはたったひとつ。「澄んだ青い空をあの子に見せたい」。そう言って、母親は涙ぐんだ。

 自立期を迎えた子どものいる家庭内で、尋常ならざることが起きている、と取材で知ったのは10年前。このころ、精神科医の斎藤環の『社会的ひきこもり』が出された。臨床現場で問題になっていたこの現象に、精神医学的な位置づけをおこなった最初の本である。

 この本で、「ひきこもり」は、精神障害ではなく、社会適応が難しい子どもであること、その期間の長期化は重症化を進めるので治療的介入が必要と、提言された。同時に、その数、100万人、との推測もされ、にわかにメディアでも取り上げられ、支援団体が次々と生まれた。

 さらに10年が経過。

 状況は改善されたのだろうか。

 石川良子著の『ひきこもりの〈ゴール〉 「就労」でもなく「対人関係」でもなく』によれば、近年、ニートなど若者無業者の問題が浮上する中、「ひきこもり」支援の目標が、「対人関係の獲得」や「就労の達成」という外面的な面ばかりが重視されるようになったとか。当人たちの抱える「内面の問題」が解決されないまま、「働け」と追い立てられ、彼らはさらなる葛藤(かっとう)にさらされていると指摘されている。

 必要なことは、まず、彼らを理解すること。目下の「ひきこもり」支援策は、この当たり前とも言える主張が再度されねばならない現状にあるらしい。

 けれど、長期にわたって「ひきこもり」の子どもを抱え、疲弊し切った親に「理解せよ!」はつらい。その理解できない苦しみにこそ、ずっと苛(さいな)まれてきたのである。

 となれば、『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』で示される斎藤環の最新治療論が、その理解を助け、「治る」へ向かっての光明を与えてくれるかもしれない。

 本書では、これまで実践的知識の普及に努めてきた著者が言い続けてきたこと、「親は当人に一番言いたいことを禁欲せよ」とか「安心してひきこもれる環境を整えよ」とか「会話はあいさつから」などなど、その背景にある考え方、「なぜ、そうすべきなのか」をできうるかぎりの分かりやすさで解説することを試みている。

 自己愛とは? 欲望とは? 成熟とは? 自信とプライドとの関係とは?

 主にラカン、コフート、クラインなどの精神分析論を駆使しての解説だが、ひきこもる人が、なにに苦しみ、なにに不安を抱いているのかが見えれば、それを取り除くべく知恵を絞るその方向が見えてくる。

 「ひきこもり」問題だけではなく、自立というゴールに向けて親が子育てをしていくためにもこの本は示唆に富み、思春期対応策としても役立つにちがいない。

    ◇

 いしかわ・りょうこ 77年生まれ。横浜市立大非常勤講師。/さいとう・たまき 61年生まれ。精神科医。

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