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書評

歴史経験としてのアメリカ帝国―米比関係史の群像 [著]中野聡

[掲載]2007年11月25日
[評者]赤澤史朗(立命館大学教授・日本近現代史)

■少数派の視点から見た「帝国」の矛盾

 この1世紀間のフィリピンとアメリカの関係を、さまざまな人物の発掘を通して描いたのが本書である。かつてアメリカの植民地だったフィリピンでは、全体に親米的な傾向が強いといえる。しかしその内実を探ると、単純に親米とばかりはいえない複雑な陰影が浮かび上がってくる。

 20世紀前半まで対米協力の主軸となったエリート層は、もともとスペイン語の教養を身につけ米軍と戦った知識人であった。そして彼らが対米協力に転じた後も、反米的な色彩の民衆蜂起は各地で発生していた。またアメリカに憧(あこが)れた移民たちは、人種差別に直面してアメリカの市民権を得られずにいた。さらに抗日ゲリラとして米軍とともに戦ったフィリピンの退役軍人は、長い間アメリカ政府の補償から除外されていく。

 他方で本書では、フィリピン統治にかかわったアメリカ人も取り上げている。彼らは本国で開発された民主化や貧困層救済の手法を、フィリピン統治に応用していったのだった。冷戦期には、ニューヨークで少数派の共和党リベラルとして活躍していた政治家が、米中央情報局(CIA)の工作員となってフィリピンでの不正選挙の摘発を指導し、親米政権樹立を援助する役割を担った。彼はニューヨークで選挙不正を摘発する市民運動のリーダーだったが、その経験がフィリピンでの工作に生かされたのである。

 このように米比の間には、一筋縄ではいかない関係があった。フィリピン人の親米派にも、アメリカに対して抵抗感を持つナショナリズムの要素があった。そして逆にアメリカの冷戦工作員には、アメリカ政治への批判が隠されていたのだった。

 本書にはフィリピン人が、「帝国としてのアメリカ」のマイノリティーとして存在し続けてきたという視点がある。そしてその疎外されたフィリピン人のアメリカ経験やアメリカの体制批判派の生き方の中にこそ、世界帝国としてのアメリカを変えていく可能性が潜んでいるという視点もある。帝国アメリカの矛盾を照射する鏡として、フィリピンを描いた本といえよう。

    ◇

 なかの・さとし 59年生まれ。一橋大学大学院教授(米比日関係史)。

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