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書評

景観にかける―国立マンション訴訟を闘って [著]石原一子

[掲載]2007年11月25日
[評者]小林良彰(慶應大学教授・政治学)

■市民の権利を守る最後の砦は、誰か

 ここ数年、グローバリゼーションの名の下に「何でも米国式制度にすることが良いこと」とされ、建築の世界でも行政による業者への監督指導が薄れて、住宅地に周囲の景観を損なう巨大マンションが建てられている。

 しかし、米国で規制緩和が成立する背景には、被害を被る市民を守る要として司法が行政などを正していく「司法積極主義」が前提にあるからである。司法が法律解釈のみを行って行政には口を出さない「司法消極主義」のままならば、近隣住民の権利は守られないことになる。

 著者は百貨店の重役を務めた後、自宅のある国立市に持ち上がった大手不動産会社の手によるマンション建築に対して、近隣住民と共に闘うことになる。そもそも建築基準法は、多種多様な個々の建物の一つ一つまでを想定してできた法律ではなく、適用には行政の解釈が大きく影響する。業者寄りに同法を解釈すれば、周囲を圧する巨大マンションを建築することが可能になる。

 本書に出てくる14階建てマンションも、行政が「異例の速さで建築確認を下ろし」、住民は業者に対する民事裁判と都に対する行政裁判で争うことになる。東京地裁では住民が主張する景観利益の不法侵害が認められて、建物の一部の撤去が命じられたが、その後の東京高裁では逆転敗訴。最高裁では「景観利益」は認められたものの、上告そのものは棄却された。

 国立のマンション問題から見えてくるのは、市民団体に比べて企業が圧倒的に有利な立場にあることだ。企業側は訴訟に担当の社員を割り当て、高名な弁護士も雇えるが、市民団体側は仕事の合間を縫ってのボランティア活動であり、弁護士の費用でも限界がある。本来、市民の利益を守るべき立場にある市議会に陳情しても、企業側を利すると思われる行動をする議員もいるようだ。

 規制緩和が進む中で、一体、「誰が市民の利益を守る最後の砦(とりで)になるのか?」との疑問をもつ。日本の現実を考える上でも、ぜひ一読を勧めたい。

    ◇

 いしはら・いちこ 24年生まれ。元高島屋常務。著書に『売場のヒット商品学』など。

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