[掲載]2007年11月25日
■「日記魔」に注がれた温かなまなざし
ここに長大な日記がある。執筆期間は大正8年から昭和19年までの26年間、分量は〈すべて翻刻すれば、おそらく分厚い本にして五十冊は超える〉――世界最大最長級の日記である。官僚として要職を歴任し、枢密院議長までつとめた倉富勇三郎が書きのこしたこの日記、かねて近代史の超一級史料と目されながら、読み通した者はいなかった。量の膨大さはもとより、〈ペン書きの文字は、まさにミミズがのたくったようで、ほとんど判読不能〉という悪筆が解読を阻んでいたのだ。
そんな倉富日記の翻刻に、佐野眞一さんは7年がかりで挑んだ。取材・執筆に忙殺されているはずの佐野さんが、なぜ? その原動力は、日記に書かれた事実の追究に加えて、日記魔とも呼ぶべき倉富勇三郎という人間への深い興味だったのではないか。事実と人間の両輪で「時代」を描くことこそが、佐野ノンフィクションの真髄(しんずい)なのだから。
その地道な努力によって、宮中某重大事件をはじめ大正期の事件やスキャンダルへのいくつもの新鮮な視点が与えられたことは、すでに専門家筋が本書に寄せた高い評価が示しているとおりだが、同時に、倉富勇三郎に対する佐野さんの温かなまなざしにも読者は強く惹(ひ)かれるだろう。
時には延々とつづく記述に〈ほとほとうんざりさせられ〉ながらも、佐野さんは倉富を〈その素顔はすこぶる人間的である〉と評する。探していた事件の記述が意外な箇所(かしょ)に見つかったときには〈さすがはわれらが倉富勇三郎である〉と佐野さん自身の快哉(かいさい)まで聞こえてきそうなほどだし、日記から倉富の家族愛を読み取っていわく〈倉富日記は、世界一長い愛妻日記でもある〉……。肉筆の日記を徹底的に「読む」ことで、書き手と読み手は、いわば同志のような関係にまで至るのだ。
そういえば、『直筆で読む「坊っちやん」』(集英社新書)も話題を呼んでいる。パソコンの文字があふれる時代だからこそ、〈すこぶる人間的〉な肉筆の文字をじっくりと「読む」ことが、読み手をも〈すこぶる人間的〉にしてくれるのかもしれない。
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さの・しんいち 47年生まれ。ノンフィクション作家。『旅する巨人』など。
著者:佐野 眞一
出版社:講談社 価格:¥ 998
著者:夏目 漱石
出版社:集英社 価格:¥ 1,260
著者:佐野 眞一
出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,835
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