[掲載]2007年12月9日
■濃密な磁力を放ち、ぞくっとした
作家にとっての原点の重みと、それに挑みつづけ、達成を更新しつづける志の熱量に、つくづく圧倒された。
主人公・沙織の長い回想の形で紡がれる物語の主要な舞台は、彼女が学生運動にかかわっていた1970年代前半――作家自らの青春時代とも重なるその時代を、小池真理子さんは、直木賞受賞作『恋』をはじめとする諸作で、「あの時代とはなんだったのか」のアプローチをさまざまに変え、深めていきつつ、繰り返し描いてきた。
その系譜に連なる本作で、小池さんは濃密な磁力を持つ三つのアジトを用意した。
一つめは、文字通りのアジト――沙織が入っていたセクトが山中に設けた拠点である。セクトのリーダー・大場修造に惹(ひ)かれる沙織は、〈大場に自分の中にある理知と勇気をほめられ、そのうえで女として注目され、愛されていたかった〉。だが、やがてアジトでは粛清が始まり、沙織は脱走する。そこまでの経緯は、現実の事件や固有名詞を織り交ぜながら、「あのときああしていれば(いなければ)、こうなっていなかった」という反実仮想をベースにした緻密(ちみつ)な悲劇の様式で、あくまでも〈理知〉的に回想される。
ところが、舞台が第二のアジトに移ると、物語は大きく転調する。逃亡中の沙織は、他人との交わりに背を向ける秋津吾郎に匿(かくま)われ、〈動物の巣穴のような小さな家〉で一歩も外に出ることなく半年間を過ごした。〈理知〉や〈勇気〉を捨て、〈吾郎の赤ん坊、吾郎に繋(つな)がれた奴隷〉として生きた淫靡(いんび)で背徳的な日々は、〈人生の最も秘密めいた、甘美な記憶として、わたしの中に密(ひそ)かにとどまり、消えることなく今に至っている〉のだ。
大場の思想や観念に惹かれていた沙織は、秋津によって〈人間性の本質〉を剥(む)き出しにされる。それは小池さんの拓(ひら)いた文学的な地平であると同時に、1歳年上の沙織に託した、1970年代という時代に対する小池さん自身の新たな回答だろう。
ただし、二つのアジトの物語は空間的にも心理的にも閉ざされている。そのうえ1970年代を「あの頃」として封印してしまうと、物語は、作中に印象的に出てくる蝶(ちょう)の標本さながら、美しくはあっても2007年の「いま」を揺さぶることはなく、ただ静かに身を横たえるだけになりかねない。
しかし、小池さんは第三のアジトを「いま」の沙織に与えた。物語は回想で閉じられてはいない。生きている。うごめいている。「あの頃」は決して「いま」と断絶しているわけではない。そのアジトでの出来事を明かすのはさすがにヤボだが、一つだけ――50代半ばになった沙織の妖艶(ようえん)な美しさに背筋がぞくっとしたことは告白しておきたい。
〈人々は、本当のところ、何を考え、何を想(おも)い、何を欲しがり、何にこだわりながら生きているのだろう〉――その問いかけを「いま」の沙織に語らせたところに、小池さんの「あの頃」への思いの深さがにじむ。だからこそ逆に、沙織の自問は世代や時代を超え、「いま」を生きる読者の胸を打つのである。
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こいけ・まりこ 52年、東京生まれ。作家。『恋』で直木賞、『欲望』で島清恋愛文学賞、『虹の彼方』で柴田錬三郎賞を受賞。
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