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韓国サーカスの生活誌―移動の人類学への招待 [著]林史樹

[掲載]2007年12月9日

  • [評者]橋爪紳也(建築史家)

■移動集団と寄り添い、「所有」を考える

 韓国社会がサーカスに対して抱くイメージは「哀愁」だという。韓国サーカスの全盛時は、1955年から65年ごろ。100人から200人を擁する団体が11もあった。しかし経済成長を果たし、テレビなど娯楽が多様化するなかで人気は下降した。90年代、各地を巡業する韓国サーカスは20人から30人ほどで構成される4団体にすぎない。

 著者は1994年の秋から10カ月にわたって、韓国のサーカス団に入り各地での興行に参加した。その間、サーカス団内外の人間関係、公演の実際、入団と退団といった団員の流動性など、さまざまな聞き取りを重ねた。その生活誌を元に、文化人類学的な考察を加えたのが本書である。

 共同生活を行う韓国サーカスの構成員にとって移動する芸能集団そのものが「居場所」であり、また擬制の「家族」である。儒教を重んじ、人の内面が大切と考える韓国社会では、日本よりも物を「所有」することへの執着心が薄く、「場所」への想(おも)いも乏しい。だからこそ韓国の人はしばしば移り住み、職場も移るのだと、著者はみる。

 芸能の伝播(でんぱ)についても、おおいに考えさせられた。私たちにとってサーカスとは西洋から受け入れた曲芸という印象だ。しかし韓国サーカスの生い立ちは、日本の半島統治の経緯と重なりあう。20世紀前半、矢野サーカスなどが大陸に渡って興行を行った。その影響のもと、韓国にもサーカスと称する移動芸能集団が誕生した。一方で男寺党など伝統的な芸能集団は解散を余儀なくされていく。

 実際、韓国サーカスで上演される演目の大半は日本から入ったものだ。著者が調べた日本語に由来する符丁は120語を超える。今日でも日本語に基づく専門用語の習得が、団員としてのアイデンティティーを自覚することと密接な関係があるという。

 近年、各界において海外で目覚ましい活躍をする韓国人が多いことを思い出した。移動芸能集団を限定的に題材としつつ、「移動」さらには「所有」に関する日韓の本質的な差異をみいだす著者の視点は、なかなかに興味深い。

    ◇

 はやし・ふみき 68年生まれ。神田外語大准教授。著書に『韓国がわかる60の風景』など。

表紙画像

韓国がわかる60の風景

著者:林 史樹

出版社:明石書店   価格:¥ 1,680

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