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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]久田恵> 記事 書評 さよなら僕の夏 [著]レイ・ブラッドベリ[掲載]2007年12月09日 ■作者87歳、少年に「不屈の意志」を語る 本書は「事件」である。 87歳のレイ・ブラッドベリの新刊で、50年の時を経て書かれたあの『たんぽぽのお酒』の続編だなんて。 36年も前に読んだ瑞々(みずみず)しい世界。12歳の少年ダグラスのひと夏を描いた『たんぽぽのお酒』は、永久不滅の名作として完結している。少なくとも私には。がっかりしたくない。読むべきか、読まざるべきか。おそるおそるページを繰った。 洪水のような言葉、言葉、言葉。言葉の生命力が横溢(おういつ)していたあのブラッドベリの世界は、さび色の秋の気配のように落ち着きをみせ、物語の主人公、少年ダグラスは14歳になろうとしていた。 そして、この無垢(むく)で万能感の中にあった少年には、凡庸さが忍び寄っている。敵対するもう一人の主人公、クォーターメイン老は頑迷さという鎧(よろい)を着て怒りの中にある。 そう、物語はこの少年と老人の「戦争」ごっこ。そうか。両者共、時間を止めようとする存在なのか。その構図がせつない。少し後悔。読まなければよかったか……。 が、87歳のブラッドベリはひるまない。少年と老人が、お互いの中に自分のまなざしを見るその一瞬を描き切る。 そして、それぞれがとどめることのできない人生の時間を静かに受け入れる経緯が語られる。 老人は聞くのである。「人生について全部知りたいのかね?」。少年はうなずき、老人は言う。「不屈の意志を持つことだ」 著者には、前作で言い残したことがあったのだ。人生の輝きは、一瞬、一瞬過ぎ去り、いろんなものを喪失していくけれど、恐れることはない、新たなものを発見していく喜びは奪い去られることはないのだよ、と少年ダグラスに伝えたかったのだな、と。 生意気にも、老人の性の喪失と、少年のその兆しを描いた最終章はいらない、と今の私は思ったけれど、さらに20年生き延びたら、きっと別の思いを得るのだろう。 老いとは未知への冒険である。不屈の意志を持って作家としての人生を生き切ろうとするブラッドベリは凄(すご)い。 ◇ 北山克彦訳/Ray Bradbury 20年、米国生まれ。作家。『華氏451度』など。
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