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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]巽孝之> 記事 書評 臈(らふ)たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ [著]大江健三郎[掲載]2007年12月16日 ■限界を試し想像力の源泉を問い直す なんとも不思議なタイトルは、19世紀アメリカ・ロマン派作家ポー晩年の名詩「アナベル・リイ」(1849年)に、戦後、日夏耿之介(ひなつ・こうのすけ)が施した名訳に則(のっと)る。熾天使(してんし)に妬(ねた)まれ夭折(ようせつ)する美少女アナベルのモチーフは、20世紀に入ると南部作家ウォレンの長編小説『オール・ザ・キングス・メン』(1946年)へ、さらにロシア系アメリカ作家ナボコフの代表作にして、20世紀英語文学ベスト10にも数えあげられることの多い『ロリータ』(1955年)へと受け継がれる。今日の「ロリコン」「ゴスロリ」の原典における美少女ロリータは、主人公ハンバート・ハンバートの夭折した幼なじみアナベルの再来なのである。 こうした世界文学的伝統に、我が国を代表する作家はいかに挑戦したか。 本書は、語り手の作家が旧友の映画監督・木守有(こもりたもつ)と組み、戦後すぐ製作された映画版「アナベル・リイ」に主演した元少女スター「サクラさん」をフィーチャーして、ドイツ作家クライストが19世紀初頭に執筆した中編小説『ミヒャエル・コールハースの運命』を映画化するという計画から始まる。 サクラさんは幼くして孤児となるも、アメリカ人デイヴィッド・マガーシャックに引き取られ、いまや国際的大女優。クライスト作品は、16世紀の末、ブランデンブルク出身のコールハースなる博労が、隣国のサクソニヤへ赴いたおりに、新城主となった若殿トロンカの謀略で強壮なる黒馬を取り上げられるばかりか愛妻まで殺され、復讐(ふくしゅう)の鬼と化す物語。 主人公はこれを、自らの故郷である四国でじっさいに起こった農民一揆に置き換え、中心人物であるコールハース役を女性に振り替えるという構想を練る。いちどはスキャンダルで挫折するも、30年の歳月を経て、いよいよ製作再開。暴走する老芸術家たちのみならず、挫折から立ち直った元少女スターが、国家も時代も顧みず「後期の仕事」を共作していくクライマックスは、作家生命の限界を試し創造力の源泉を問い直す作業として、胸を打つ。 ◇ おおえ・けんざぶろう 35年生まれ。小説の近著に『さようなら、私の本よ!』。
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