[掲載]2008年1月6日
■あるべき新聞記事を追求し続けて
02年、ひとりの著名な記者が亡くなった。「管理職にしては惜しいと考えられた大記者」「朝日新聞の文体をつくった」などといわれた疋田桂一郎である。
洞爺丸遭難や伊勢湾台風といった大災害や事件の現場報告、取材班を組んで自衛隊や米航空宇宙局(NASA)など巨大な組織の全体像を紹介した長期連載、平和の意味をしばしば論じた「天声人語」など……。本書は、疋田の文章から代表的なものを選び、その足跡を紹介する。
「何を語るか? 東大生らの遭難」と題した1959年の記事が印象的だ。6人の死者を出した北アルプスの遭難現場に足を運んでまとめた。当時、登山での事故死に人々は寛容で、死者を英雄のごとく扱いたがった。だが、同じスポーツでも円盤投げやフェンシングなら、過失致死事件として捜査がなされるだろう。海難事故では審判が行われるのが当然だ。なぜ山岳事故は違うのか、「英雄扱いはお門違い」と問いかけた。
新聞の役割、さらにはジャーナリズムに関する論説や講演録も収める。75年、ある銀行のエリート行員が重度障害児の我が子を「餓死させた」という罪で有罪判決を受け、その後、自ら命を絶った。新聞は警察発表そのままに報じたが、あとで供述書や公判記録などを突き合わせると、警察の予断を真に受けた報道の矛盾と限界が見えてくる。「このような事件報道が、人を何人殺してきたのか」と、今日でいう報道被害に警鐘を鳴らす。
疋田は、武威を張る者や権力に擦り寄る輩(やから)には侮蔑(ぶべつ)のまなざしを向け続け、権威に反する姿勢を貫いた。「日本の社会は何かあると雪崩現象を起こし、一方向に流れやすい。新聞はこれに待ったをかけることが大事だ」と述べ、「ものごとをより多角的、多面的な鏡で乱反射させなければ、今日の読者は満足してくれない」とも主張した。新聞の持つ力とは何か、何のために存在しているのか。インターネットというメディアにその位置を脅かされている今日だからこそ、意義ある問題提起だろう。
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しばた・てつじ 元朝日新聞記者、そとおか・ひでとし 朝日新聞前ゼネラルエディター。
出版社:朝日新聞社 価格:¥ 1,260
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