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書評

仏果を得ず [著]三浦しをん

[掲載]2008年01月06日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■芸道の火花散る、文楽大夫の成長物語

 デーンと最初の撥(ばち)音がひびく。と、観客の眼(め)の前で冥界がよみがえる。命のない人形に魂が吹き込まれ、かつて生きられた人間の苦患と激情の暗い道をたどり返す。

 そんな文楽の魔力に引き込まれた作者が本作『仏果を得ず』を一気に書き上げた。主人公はまだ若くて修業中の笹本健(ささもとたける)大夫。タイトルは作中で主人公が思いがけぬ抜擢(ばってき)を受けて語る『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』六段目の勘平にちなむ。主君の緊急時に腰元のお軽と密会していて失敗し、敵討ちの仲間に入ろうとして再度しくじり、カンチガイで切腹してしまう粗忽(そこつ)な男だ。

 最後にやっと連判に加えてもらうと、仏果を得て成仏するのを拒否し、魂魄(こんぱく)この世に留(とど)まって敵討ちの供をすると絶叫して息絶える。勘平の人気はその未熟さにある。だからといって、忠義などに縁のない現代の若者がいきなりこの大役を語れるのだろうか。

 健大夫は、文楽協会が募集する技芸員の中から頭角を顕(あらわ)してきた成長株である。代々の文楽家系出身者との間で、激しく芸道の火花が散る。

 物語は、健大夫がみごとに六段目を語りきるハッピーエンドに向かって進行する。ラブホテルに寝泊まりする貧乏暮らしも、身の上に起きる恋愛事件も主人公の芸を磨く。芸能をテーマにした一種の教養小説といえる。

 作中で上演される『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』『心中天の網島』といった名作のハイライトシーンが文楽ファンにはこたえられない。

 健大夫は「忠義を描くのではなく、忠義に翻弄(ほんろう)されるひとの心の苦しみと葛藤(かっとう)を描いた」という解釈で勘平切腹を語り切り、「魂が首筋から抜けでて頭のうしろで浮遊する感覚」に取り憑(つ)かれたような熱演で大喝采を博する。

 こんなに明るくていいのかと思うほど向日的な作中世界で、気難しい三味線の鷺澤兎一郎(さぎさわといちろう)がひとり異彩を放つ。鳴らされる糸の音色が、時には重く皮肉に、また澄みわたって場面を引き締める。

 二人の間にもっと「弾き殺すか、語り殺すか」の真剣勝負のスリルが書き込まれていてもよかったと思う。

    ◇

 みうら・しをん 76年生まれ。作家。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞。

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