|
ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]巽孝之> 記事 書評 グレイト・ウェイヴ [著]クリストファー・ベンフィー[掲載]2008年01月06日 ■金ぴか米国が発見した古き良き日本 著者は長く19世紀を専攻してきたアメリカ文学者。ところが2003年の本書では一転、南北戦争以後に成り金が横行し腐敗が進んだ「金ぴか時代」のアメリカと、開国以後に近代化の進む「明治時代」の日本とをダイナミックに比較検証して、大反響を呼ぶ。じっさい、当時の日米奇人変人はみだし者たちを中心に語るこの環太平洋文化研究は、全10章で原書330ページ、日本版約400ページの厚さにもかかわらず、ひとたび開ければ一気に読ませてしまう圧倒的なおもしろさだ。 タイトルはかの葛飾北斎が1830年代初頭に製作した連作木版画「神奈川沖浪裏」より。ドラマはまず1841年初頭、捕鯨船員でのちの代表長編『白鯨』(1851年)に日本への憧(あこが)れを刷り込む19世紀作家ハーマン・メルヴィル(当時21歳)と、まったくの同時代に四国からの漂流民としてニューイングランドへ連行され、アメリカで教育を受け、最初の英語入門書を書くジョン万次郎(中浜万次郎、当時14歳)との比較から始まる。 それから12年を経た1853年、アメリカ的フロンティア・スピリットは、極東における捕鯨基地を確保するために、ペリー提督率いる黒船艦隊をもって日本開国を実現。しかし本書は、これをたんに帝国主義的なハードパワーの発揮と受け止めるのではなく、それ以後、とりわけ独立宣言100周年にあたる1876年から世紀転換期にかけてアメリカで勃興(ぼっこう)する日本ブーム(ジャポニスム)に顕著に見られるように、じつは別の意味でもうひとつの開国、つまり日本文化という名のソフトパワーによる「アメリカ開国」をも促したのだ、という前提に立つ。 これを足場に著者は、大コレクターのイザベラ・ガードナーと『茶の本』で著名な美術学的カリスマ岡倉天心の関(かか)わりや、ギリシャ・アイルランド系作家ラフカディオ・ハーン転じては小泉八雲と美術史家アーネスト・フェノロサとの出会いを、劇的に描き出す。 彼ら日本びいきのニューイングランド系知識人たちはみな、南北戦争後のアメリカが惨憺(さんたん)たる混沌(こんとん)へ陥ったからこそ、新たなユートピアを極東の島国のうちに、それも近代化が始まっていまにも消え入りそうな、美しくもはかない「オールド・ジャパン」のうちに再発見しようと試みたのだ。 中世趣味で著名な歴史家ヘンリー・アダムズのように、妻の自殺による傷心を抱え、日本に「涅槃(ねはん)」を求めた者から、博物学者エドワード・モースのように、ダーウィン進化論以後の理論をふまえ、古き良き日本人が「絶滅種」だからこそ愛着を深めた者、はたまた天文学者パーシヴァル・ローウェルのように、ことを惑星進化論にまで押し広げ、日本の水田の網目模様から火星の運河をめぐる仮説を編み出したとされる者まで。 そう、本書を比類なきものにしているのは、金ぴか時代のアメリカを忌避した知識人たちが日本における「滅びゆくもの」を偏愛したゆえんもまた、じつは金ぴか時代を促進させた進化論的学説と無縁ではなかったという、きわめつけのアイロニーなのである。 ◇ Christopher Benfey 米マサチューセッツ州マウント・ホールヨーク大学教授。たびたび訪日し、陶芸や柔道の心得もある。
ここから広告です 広告終わり 書評 バックナンバー
|
ここから広告です 広告終わり 売れ筋ランキングコラム
|