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書評

戦争の経済学 [著]ポール・ポースト

[掲載]2008年01月13日
[評者]山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)

■合理的な分析で不合理な戦争を洞察

 訳者のネームバリューで社会科学書――特に経済学啓蒙(けいもう)書――が売れる稀有(けう)な翻訳家の手になるこの訳書は、戦争に事例をとった経済学の教科書としての価値が強調されている。通念上では不合理の極みとされる戦争を、科学としての経済学が合理的に説明しうる現象として淡々と分析する本書は、たしかに挑発的な経済学入門である。

 だが本書は、第一義的には戦争を論じた本である。経済学は、あくまでそのためのツールだ。そして本書は現代の戦争について三つの洞察を与えている。

 第一は、開戦時の遊休生産力の多さや本土における戦闘の不在といった一定の条件を満たしていれば、戦争が国民経済にプラスに働いた時代は、20世紀の前半で終わったということである。本書が直接論じているのはアメリカの事例であるが、アメリカほど巨大な軍産複合体を持たずとも、資本集約的な(つまり兵員1人あたりの兵器が高額な)軍隊を平時から擁する現代の先進諸国では、わざわざ戦争を起こすまでもなく、その経済効果はすでに織り込み済みになっているからだ。

 第二に、兵員が労働力であり、兵器が商品である以上、兵員の雇用と兵器の調達も市場の作用のもとにある。ただ軍事にかかわる市場は、強制徴用や独占によって大きく歪(ゆが)められており、合理的に機能しにくい。防衛省の不祥事には構造的な側面もあるのだ。

 第三に、今日では、国家間の武力紛争の経済的合理性が低下する(逆に言えばイデオロギー性が増していく)一方で、たとえば市民権が実質を欠く社会では、内戦やテロといった暴力のコストが相対的に下がり、「殉死者」の遺族に約束されるわずかな補償が、自殺行為にさえ経済的合理性を帯びさせる。対処すべきは「不合理な狂信者」ではないということだ。

 原著は、大学初年度向けの地味なテキストだが、豊富な図解や例証と軽快な訳文のおかげで、高校生でもすこし頑張れば読みとおせる。安全保障について冷静に考えるために、広く読まれるに値する一書である。

    ◇

 山形浩生訳/Paul Poast 米ミシガン大学政治学部の国際政治と経済の研究者。

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