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書評

アメリカン・コミュニティ 国家と個人が交差する場所 [著]渡辺靖

[掲載]2008年01月20日
[評者]北田暁大(東京大学准教授・社会学)

■永遠に「革命」を続ける社会に肉薄

 前著『アフター・アメリカ』で注目を集めた気鋭の文化人類学者によるアメリカ論。いや、アメリカ論というと誤解があるかもしれない。抽象度の高い経済学的・政治学的用語で武装したアメリカ政治論でもないし、もっぱら親米/排米の軸にそって議論をたたかわせているアメリカ国家論でもない。フィールドワークを身上とする文化人類学者が、実際にアメリカの九つの都市を訪れ、様々な社会科学的、文化人類学的データとつき合わせながらアメリカにおけるコミュニティーの多様性、複雑性を描き出した作品である。こう書くと、なにやら堅苦しい本のような印象を持つかもしれないが、著者自身のまなざしを織り込んだ、平易でありながら味わいのある文体は、読む者を確実に引き込むことだろう。

 扱われている都市・地域は多岐にわたる。アーミッシュと同じように近代的な文化の特質の多くを拒みながらも、一方で玩具ビジネスによってグローバル経済に対応して生活を営んでいるブルダホフ・コミュニティー。ボストンのバミューダ・トライアングルと呼ばれた過去を持ちながら、コミュニティーによる奇跡的な都市再生を果たしたダドリー・ストリート。過剰なまでのセキュリティー志向ゆえに要塞(ようさい)のような閉じた都市空間を構成するに至ったコト・デ・カザ。かつて「典型的」なアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを体現する街として社会学者によって発見された「類がないほど典型的」な都市マンシー。そして、「草の根宗教右派」の牙城(がじょう)となっているメガチャーチ(巨大教会)のあるサプライズや、大規模農牧業とともに生きる街ビッグ・ティンバー等々……。

 これらの都市・地域におけるコミュニティーのあり方が、実際に現地に赴いた著者の体験に折り重ねられつつ、分析されていく。「良い調査には、フィールドに深く入り込むことと、フィールドから距離を置くことの両方が不可欠である」という著者らしい、「現場」と「分析」との緊張感ある往還運動を読み取ることができる。

 重要なのは、著者がつねにアメリカに関する主流的なディスコース(言説)に対して距離をとり、紋切り型的なディスコースやイメージと齟齬(そご)をきたす(違和を表明する)カウンター・ディスコース=対抗的言説に繊細なまなざしを向けている、ということだ。様々なコミュニティーを、「アメリカとは……である」という定義に抗(あらが)う一種のカウンター・ディスコースの実践として捉(とら)え返し、アメリカを「安易な烙印(らくいん)や批判を拒むと同時に、自らに足払いをかけながら、永遠に革命を続ける手強(てごわ)い社会」として理解していくこと――それが本書の主眼であるといえる。安易な親米論/排米論、しばしばグローバリゼーションと重ね合わせたアメリカニゼーションへの批判が前提としているアメリカ像では、肯定するにせよ、批判するにせよ、アメリカの実相に迫ることはできない。コミュニティーという局所から「『アメリカ』という永久革命」へと肉薄しようとするスリリングな一著である。

    ◇

 わたなべ・やすし 67年生まれ。慶応大学教授。文化人類学。『アフター・アメリカ』で04年のサントリー学芸賞など受賞。

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