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書評

綺想迷画大全 [著]中野美代子

[掲載]2008年01月27日
[評者]唐沢俊一(作家)

■異文化の絵画の刺激的な謎解き

 恥を忍んで告白するが、印象派の絵画というのがよくわからない。ルノワールもセザンヌも、いい絵だとは思うのだが、別に面白みが感じられず、展覧会などに行っても、ひとわたり見た後で、ベンチに座って同行者が見終わるのを退屈しながら待っているのが常である。だが、これがダリのような超現実派や、また聖画、歴史画などの展覧会なら、何時間見ていても飽きないのだから、その絵の嗜好(しこう)の偏りには我ながら呆(あき)れる。

 ……こういう人は実は多いのではないか。と言うより、本書の著者である中野美代子氏はまさにそういう方だとお見受けしたが、どうだろう。つまり、絵画であれ音楽であれ、芸術を感性でなく、“知性”で鑑賞するタイプだ。芸術に意味を求める一派と言ってもいいかもしれない。前口上にある、「勝手に自分の論理を展開することの快楽を得られる絵画」こそが自分にとっての名画なのだ、という言い切りにそれは表れている。

 芸術作品をこういう目で見ることにはとかくの批判もある。しかし、感性主義の人たちが言う感性というのは、多くは西欧的なそれであり、これまで触れたことがないアジアやアフリカなどの文化圏の芸術に対してはお手上げの場合が多い。感性の土台となる文化常識がそもそも違うのだ。

 本書は中国文学研究の大家である著者が、主にアジア諸国のものを中心に、明治以降われわれが親しんできた西欧絵画とは全く異なった視点・文化的約束事で描かれた、つまりこちらの目から見れば、“綺想(きそう)”としか言いようのない絵画群に解説を加えつつ、知の世界を漫歩する、刺激的な読み物である。豊富な図版を眺めるだけでも楽しい。しかし通読するうちに、絵画というものが、文字記号の発明と普及以前には、情報や知識の伝達と保存を担っていた存在だったことも、改めて明白になってくる。

 ただ、図版に、文章で謎解きをしている肝心の部分が、本の綴(と)じに重なってしまって見づらい個所がいくつかあった。綴じの隙間(すきま)に隠れるような細部こそが重要な本なだけに残念なことである。

    ◇

 なかの・みよこ 33年生まれ。北海道大名誉教授(中国文学)、作家。

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