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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]高橋伸彰> 記事 書評 平田清明 市民社会を生きる [著]平田清明 [編]遺稿集編集委員会[掲載]2008年01月27日 ■理想の社会を説く「実践の人」 平田清明が逝ったのは95年3月。阪神大震災の惨状を自らの足で確かめ、最後の任地となった鹿児島に帰った直後である。ケネー研究を嚆矢(こし)として、マルクスの再解釈を試み、晩年はレギュラシオン理論にもアプローチした平田の膨大な仕事を語るのは、弟子の山田鋭夫氏でも「容易ではない」(『資本循環と市民社会―平田清明論序説』鹿児島経大論集)という。 本書に収録された原稿もケネーやマルクス研究の未定稿から、自宅近くで計画された高速道路建設反対の趣意書まで「実に多彩」だ。「その中にあって通底しているものは市民社会論といってよい」と本書を編んだ諸氏は指摘する。それは、国家や資本家の支配から自由を取り戻した個人が協同して形成する社会であり、旧ソ連の国家社会主義とは全く異なるコミュニズムである。 理想の市民社会は未(いま)だ存在しないが、実現に向けて一歩でも近づこうとする日本の市民運動を平田は高く評価した。ここに平田が「理論」だけではなく、大震災の「現場」を歩く「『実践』の人でもあった」と評される所以(ゆえん)がある。編者による解題には物足りなさも感じるが、本書を紐解(ひもと)けば平田の思考が「生々しく伝」わってくる。
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