[掲載]2008年2月3日
■色とりどりの涙をどうもありがとう
物語が終わり、谷川俊太郎さんの詩や夫人によるあとがき、初出誌のクレジットとつづいて、河合隼雄さんの遺作もいよいよ文字どおりの巻末に至ったとき――まるでカーテンコールのように、主人公ハァちゃんが再登場する。物語に絵を添えてきた岡田知子さんの描くハァちゃんだ。〈ハァちゃん、どうもありがとう〉と手書きの文字もある。その言葉は、本書を読み終えたすべてのひとの思いを代弁しているのではないか。
自伝的小説である。ハァちゃんは少年時代の河合隼雄さん。男ばかり6人兄弟の5番目で、兄弟でただ一人の泣き虫。スポーツは苦手でも本読みが得意で、正義感にあふれていながら臆病(おくびょう)なところもあるハァちゃんの幼稚園時代から小学4年生までの日々を、河合さんは、夫人の言葉を借りれば〈置き土産〉のように書きつづった。そのまなざしと語り口の優しさには、回想を超えた祈りさえ感じられる……のは、僕たちがすでに河合さんを惜しみながら見送ってしまったせいだろうか。
淡い初恋がある。親友との別れもある。自我だって少しずつ芽生えてくる。冗談好きのお父さんがいて、優しいお母さんがいて、仲良しの兄弟がいる。泣き虫のハァちゃんが流す涙は、決してひと色ではない。悔し涙もあればうれし涙もあるし、名付けようのない(でも、みんなが「わかるわかる」とうなずく)涙もある。虹のように色とりどりにきらめく、そんな涙のかけらを、最晩年の河合さんは一つずつ優しく取り出して僕たちに見せてくれた。
ハァちゃんが小学4年生を終えようとするところで、河合さんは脳梗塞(こうそく)に倒れ、物語はやむなく終わる。けれど、亡くなるまで1年近く昏々(こんこん)と眠りつづけた河合さんは、深い深い夢の中でハァちゃんとひとつになって人生の旅路をたどり直していたのかもしれない。そう思いながら巻末の岡田さんの絵とあらためて向き合うと、ハァちゃんの表情は物語の時間をちょっとだけ追い越してオトナっぽくなっているようにも見えて……読者もつい、泣き虫になってしまうのだった。
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かわい・はやお 28年生まれ、07年7月に死去。臨床心理学者、元文化庁長官。
著者:河合 隼雄
出版社:新潮社 価格:¥ 1,365
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