[掲載]2008年2月3日
■意表をつく事実、直感力で危機脱出
1932年5月15日。軍の士官が時の首相・犬養毅を暗殺。日本が軍国主義へ突き進む転換点となった。
実は、この時、喜劇王チャップリンが初来日していた。神戸港から東京へ向かう駅には熱狂するファンがつめかけ、日本にはチャップリン旋風が吹き荒れていたのだった。
この「偶然」のように見える出来事の裏にどんな「必然」が隠されていたのか。
本書の著者はチャップリン研究家で、彼の秘蔵NGフィルムをすべてみた世界に3人しかいないうちの1人とか。その彼の手で、膨大な資料の中から選ばれたこの日のエピソードが、ドキュメントタッチで再現されていて、当時の不穏な時代の空気がひたひたと伝わってくる。
それにしても、5・15事件の首謀者が、日米開戦を狙ってチャップリンの暗殺を計画していたなんて!
一方、チャップリンの傍らには彼を守るべく画策する「コーノ」こと高野虎市がいた。あのチャップリンの秘書は日本人だったのだ!
意表をつく事実を知るにつけ、山高帽にドタ靴姿が目に焼きついているチャップリンの気分屋で、気難しい素顔が浮かび上がる。それがいっそう彼への親近感を募らせる。
この5・15事件を天才的な直感力で逃れたチャップリンは、その6年後にヒトラーを痛烈に批判する「独裁者」の製作を開始。第2次世界大戦前、アメリカでは、まだヒトラーが英雄視されていた時代だったというから、ことの本質を見抜く彼の勘の鋭さと勇気に改めて驚嘆する。
そして、高野はアメリカでスパイ容疑で抑留所に送られたり、チャップリンがアメリカから国外追放されたり、2人の人生はドラマチックに展開する。ついに再会を果たさなかった彼らのその後の人生に触れた記述が胸にしみる。
読了後、巻末の年表をしみじみ眺め、彼らが生きた怒濤(どとう)の時代を思う。そう、チャップリンは戦争の世紀と呼ばれた20世紀の「良心」だったのだ。その彼の右腕だった日本人「コーノ」のことも忘れまい、と思う。
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おおの・ひろゆき 74年生まれ。著書に『チャップリン再入門』など。
著者:大野裕之
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著者:大野 裕之
出版社:日本放送出版協会 価格:¥ 693