[掲載]2008年2月10日
■芸歴60年、次世代に贈る言葉ちりばめ
桂米朝師匠には、上方芸能に関する研究や著述においても第一級の仕事がある。たとえば舞台となる界隈(かいわい)の歴史や地誌を詳しく紹介した『米朝ばなし 上方落語地図』は、地域研究をもっぱらとする小生にとって座右の一冊だ。
本書は昨年、芸歴60年の節目を迎えた師匠が、みずからがパーソナリティーを務めるラジオ番組で、電波に乗せた話をまとめたもの。書名の通り、四季折々の生活、かつての大阪の風情、小学生から親しんだ俳句を介した交流歴など、話題はさまざまだ。ただやはり自身が見聞してきた上方の芸能界にまつわる逸話に多くの頁(ページ)を割いている。
今はなき芸人たちの思い出話は、講談・浪曲・漫才・色物など分野を問わない。柳家三亀坊の立体紙芝居をはじめ、今では見ることも稀(まれ)な珍しい芸を多く紹介する。地方巡業につきものの怪奇談の伝聞、枕があって寝ながら聞いたという戦前講釈場の風情、「平和やないと落語はできん」という四代目米団治の言葉が印象的な終戦直後の落語会の様子など、とびきりの裏話を存分に展開する。
史料を駆使して堅実な書きぶりであったこれまでの著作とは違い、語り口をそのまま文字に起こしている。以前、酒席で御一緒した際、祭りの芸能に関する私のくどい質問にも、懇切丁寧に応じていただいたことを思い出した。本書の読者も同様に、人間国宝の師匠と一献呑(の)みながら、直接、楽屋噺(ばなし)を聞いているような感覚になる。著者が提供した若かりし日の写真も多く掲載されていて貴重だ。
後半では、上方落語界にあって将来を嘱望されている若手への期待とともに、枝雀、吉朝、先代歌之助など、師よりも先に逝去した弟子を回顧している。彼らの才能を惜しむ想(おも)いが、行間から溢(あふ)れてくる。また実子である小米朝の成長と五代目米団治襲名に触れつつ、かつての名跡を復活し継承することの大切さを強調する。戦後、危機にあった上方落語の屋台骨を支え、多くの弟子を育てあげ、今日の興隆に道をつけた著者が次世代へ贈るメッセージがちりばめられている。
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かつら・べいちょう 25年生まれ。上方落語を復興し、落語研究家の顔も持つ。
著者:桂 米朝
出版社:朝日新聞社 価格:¥ 1,365
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